03【分厚い仮面】 ページ5
再び歩みを止めた場所は、一つの扉の前だ。
兵長は無礼にもノックを鳴らす事もなく、ドアノブを引いて扉を開けた。
彼の頭を越えて見える光景。―――同じ制服を着た、しかし胸元に二色の翼模様がある、調査兵団の方々だった。
踵を鳴らし、堂々と部屋に入っていく。続いて私も入り、後ろ手に扉を閉めた。
入ってきた兵長を見るなり、全員が勢いよくその場に立ち上がり、敬礼ポーズを取る。
「おかえりなさい、兵長!」
声を揃えてお出迎えとは、犬みたいに忠実だ。大きな声だから、兵長も露骨に嫌がってるし。
煩わしそうに片耳を押さえ、視線を送ってくる。
その意図を汲み、彼の隣に並んだ。今日学んだ敬礼を早速取り、自己紹介をする。
「はじめまして。A・サルバトーレです。今日から皆さんの兵団に加わる事になりました」
家名を聴いた瞬間、全員の顔に緊張が走る。自分の家はどれほど有名なのだろうか。
緊張する彼らを見て、私の代わりに兵長がきちんと説明してくれた。
「まだ新兵を取る時期は遠いが、引き抜いた理由は察しろ」
短くも、言葉に込められた理由を解せないほど頭が回らない訳ではないはずだ。
だから彼らは私に嫌悪の瞳を向けてくる。
お偉い貴族様がここに来るな、か。それとも、その貴族が死んだら自分達のせいになる、か。
私の家に屈辱を味わった人もいるだろう。これからどうなるか、少し楽しみになってきた。
顔をしかめる彼らとは反し、ニコッと微笑む。そして、怯んだ隙に付け入った。
「とは言うものの、私は第105期の訓練兵ですから、是非遠慮なさらず鍛えてくださいませんか?」
その声音には、表情には、彼らに向ける侮蔑など一切含まれていない。
口の端を上げ、瞳に慈しみを宿す微笑と何ら変わらない―――風に見える、計算高いお願い。
可愛らしく、照れたようにも見える微笑みに、彼らは肩の力を抜いて、笑いかけてくる。
「おう!いいぜ、A嬢!手加減抜きっ子で鍛えてやんよ!」
「あは、嬢って……可愛い愛称ですね?」
その内の屈強な大男が、暑苦しい雄叫びを挙げる。せめてもの礼儀なのか、愛称を付けてきたが。
しかしこれで人心に指先が触れる事は可能になった。あと少し経てば掌握できる。
これから仲間になる彼等を、復讐の駒へ仕立てあげるのに傷付く良心など、あの日とうに捨てた。
この体に宿る力と引き換えに。
私は、いらぬ弱さを捨てたのだ。
「―――気持ちわりぃカオ……」
そう隣の兵士が呟いた言葉は、他の兵士達の声にかき消された。
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