Day 16 ページ17
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「──勘違いすんじゃねえぞ! お前なんか一度も愛して、」
「──ない」という言葉までを鈴屋先輩に聞かせたくなかったからクインケで腹部を薙いだ。
ーー僕、昔喰種に育てられたんですよ〜。
鈴屋班に入りたてのころに言われて、変わった境遇の人もいるんだなあと珍しく思ったけれどその育ての親がビッグマダムだということを知ったのはさっき。
振り返ると、半兵衛に両耳を塞がれた鈴屋先輩は虚無感を懐かしみ、手放すように「さようなら、お父さん」と既に息絶えたのを見つめている。
一般的な愛ってなんだろう? 暴力を振るわれずに愛してもらうことが本当の愛? ……って誰かに聞けば「普通はそうだろ」って返ってくるんだろうけど普通って何? そんなの誰かが決めたこと。知ってますか? 本当に愛してくれなかったら自分の名前を、什造ちゃんだなんて呼んでくれないこと。髪色が昔と違うのに、かつて自分の近くにいた人なんて分からないこと。鈴屋先輩は気づいていますか。
「──こちら鈴屋班、地下フロアF1にて負傷者二名……医療班を要請します」
愛してないなんて、そんなの嘘だよ。勘違いなんかじゃない。殺しちゃってごめんなさい。仕事なので。大事なことには順番があるって鈴屋先輩に教えてもらったんです。
人が死んだ直後にわずかながら機能する器官は耳らしい。追うときに投擲したサソリを回収するためにもう動かない巨躯に近づいて呟いた。
「……あなたは、ほんとうは、什造くんを愛してますもんね……」
鈴屋先輩、ものすごく仕事頑張っていらっしゃる。会議中寝すぎ伝説は普段から懸命に働いてるから。きっと、貴方からの愛を知らなかったら鈴屋先輩は私たちをあんなに可愛がってくれないもの。篠原さんのことだってあんなに想わないもの。
「おい早くしろ、上に戻るぞ」
「半井先輩、サソリが中々抜けないです」
鈴屋先輩、大切な人のために頑張ってるんですよ。今度の式典で特等に昇れるはずです。私も鈴屋先輩みたいに……誰かを守れるくらい強くて、誰かに愛されて、奪われないために奪う人、そんなひとになりたい。なれるかな、ううん、なる。
「ほら」
「ありがとうございま〜す」
赤黒い血が滴るナイフを振り下ろして腰のホルダーにしまう。帰ったら鈴屋先輩に褒めてもらえるかなあ、私なりに頑張ったから。
「っあ、先に行かれてる、待って待って……!」
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作成日時:2020年7月5日 15時