イヴイヴの夜に

＊黒木side ページ11

「アーヤ…………っ」



　足を止め、背を向けたまま 俯くアーヤ。


　俺の顔さえ 見てくれない。


　苛立ち、少しだけ 腕に力がこもった。




「アーヤ、どうして いきなり走ったの？」


　普段の自分からは想像もつかないほどの声に、自分でも驚く。



　何苛立ってんだ、俺。


　分からない。



　ただ、無性に心が焦って、君の顔を上げさせたくてたまらない。




「ごめん……なさい」



　若干震えながら、でも 気丈に声を発すアーヤ。


　その姿が堪らなく愛しくて、でも

　……きちんと 問いに答えてくれないことに、怒りが募った。




「理由を、尋ねてるんだけど」




　声が尖るのを抑えられない。

　アーヤは、怖がるように 肩を震わせた。



　………っ。



　ため息をつく。


　大きな息とともに、己の心を静める。




　アーヤを怖がらせたい訳じゃ ないんだ。

　ただ……俺から 逃げる様に走り出したアーヤが、



　何故走ったのか……その理由を知りたいだけなんだ。



　言いたくないの？どうして？



　……俺、嫌われてる？






　そんな思考が 頭の中を埋め尽くす。


　その考えを振り払いながら、心持ち 口調を和らげた。




「……何か、あった？どうしたの？」




　そう言って初めて、己の言葉で、アーヤの様子が思っていたよりおかしい事に気付いた。


　深く俯くアーヤ。
　顔の両側から髪が落ち、表情が見えない。

　でも……その体が……



　…怖がってる？
　俺を？



　さっきの 俺の態度のせい？

　それにしても……




　どうして、そんなに震えてるの？







　…いや、
　泣いてる？








「……アーヤ？





　泣いてるの？」








　カッ と 体が熱くなった。



　肩を不規則に上下させるアーヤは、泣き声を押し殺すように……


　いや、実際に 押し殺してるんだ。


　アーヤが、泣いてる……。





「アーヤ？どうしたの？」




　それでも、アーヤは答えてくれない。

　さらに その表情を隠し、黙り込んでしまうだけ。




「アーヤ！」







　堪らなくなって、思わず手を伸ばし、アーヤの冷たい頬を包んだ。


　そのまま やや強引に顔を上げさせる。



　見えたアーヤの表情は……




　……っ！







　頬が強張る。







「…………アーヤ………？」



　どうして、泣いてるの





　擦れた声が、喉から出た。

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