100 親子の対話 ページ50
翌日、夕方。
一緒に帰ろうという葵の誘いを断り、駆け足で家路を急ぐ。
夕日は街並みの向こうに半分沈んでいる。早く帰らないと、本当に時間がなくなってしまう。
ちょうど河川敷横の道に差し掛かった時、街灯の下に誰かが立っているのを見つけた。
近づくにつれ、それがワイシャツを着た男性であることがわかる。
黒髪黒目、朴訥とした表情……。
父さんだった。
一年前と変わらない。いや、少しだけ痩せたようにも見える。
「Aと会ってからこのままの足で、駅に行こうと思ってな。この道を通るだろうって母さんに言われたから待ってた」
最初の言葉は『久しぶり』でも、『元気にしてたか』でもなかった。父さんらしいといえば父さんらしい。
かく言う私も、何をどう切り出せばいいのかわからなかった。頭皮に汗が滲むのを感じながら息を整える。
「ごめん……部活が、その。遅くなって」
「ああ」
父さんは低く頷き、河川敷のベンチを指した。そこで座って話そうということだった。
そのまま傍にあった自販機で飲み物を買っている……かと思いきや、それを黙って私に差し出す。500ミリのお茶だった。
お礼を言って素直に受け取る。三分の一くらい飲んだところで息をつき、並んでベンチに腰かけた。
フィールドでは数人の小学生がサッカーに興じていたが、屋外スピーカーから『ゆうやけこやけ』が流れ始めると、一斉に家路へ駆け出していく。
「元気そうで」
「うん」
私を労ってくれる声に抑揚はないが、棘もない。そういう喋り方をする人なのだ。
「仕事忙しい？」
「それなりに」
「どういうこと、してるの？」
「それは……言えない。口止めされてる」
企業秘密、ってやつだろうか。フィフスに限らず仕事内容を外部に漏らさないように対策する会社は他にもあるだろうけど。
目の前を野良猫が横切っていった。それがきっかけになったのかわからないが、父さんはそれまでと同じ調子でぽつりと切り出す。
「話、ってなんだ？」
ペットボトルを持つ手に力が入った。
父さんは多分、私の言いたいことをわかっている。なんで呼び出されたのか理解している。
それでもこうして真っ直ぐ尋ねてくるのは……不器用な優しさとでも言うべきか。
「去年のこと謝りたくて」
右隣に座っている父さんの目を見つめる。
「感情任せに酷いこと言ってごめんなさい」
そう零した声は自分でもわかるくらい震えていた。
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作者名：キメラ | 作成日時：2022年2月15日 9時
