98 わだかまる思い ページ48
「速水……もしかして調子悪い？」
小声で問いかけると、速水は驚いたように肩を震わせ、次いで視線を忙しなく彷徨わせた。
「あ、いえ、別にそういうわけじゃ……」
本人に否定されてしまったら深入りもできない。見たところ顔色が悪いわけでもないし。
用事があるので先に帰るという速水の背中を見送り、フィールドに目をやる。
革命。反乱。フィフスセクター。みんな目標に向かって動き出した。
胸に過ぎるのは一年と少し前の光景。頭の中に蘇るのは、玄関扉が閉まる音。
──自分も向き合わなければいけない。進まなければいけない。
私は胸の中でひっそりと、一つの決意を固めていた。スタートラインに立つには遅すぎたかもしれないけど。
＊
ずっと胸の内に引っかかってはいたのだ。ただ勇気が出なかった。時間が解決してくれるのを待とうとしていた。
でもそれではいけない。全ては自分の気持ち次第だ。
風呂上がり、まとわりついてくる姉を引き剥がして自室へ。
時計の針は午後九時過ぎを指している。もう仕事は終わった頃だろうか。
アドレス帳から一つの番号を呼び出す。深呼吸をしてから発信し、携帯を耳に押し当てた。
呼出音が鳴る。一つ、二つ。携帯を持つ手に汗が滲んできて、鼓動が早くなる。
……十コールを超えた。まだ働いているのか──そう思って端末を耳から話そうとした時、コールが止んだ。
「もしもし」
一年ぶりに聞いた父さんの声は、心做しか少し掠れているように感じた。
「Aか？」
「……うん」
言いようのない気まずさが、端末の間に漂っている気がした。一年前喧嘩別れしてから──一方的にこっちが怒鳴ってしまったから喧嘩とは言えないが──話すのは初めてだ。
「元気にしていたか」
「うん」
「母さんと、純は？」
「元気だよ」
多分、いつも通りの父さん。
口数が少なく一見ぶっきらぼうだけど、家族のことを第一に考えてくれるような、優しい父さん。
娘からの突然の電話にさぞ戸惑っているだろう。それまで一通のメールも寄越していなかったのだから。
「あのさ」
一年前、父さんがフィフスに就職した時。八つ当たりしちゃってごめんなさい。
用意していた言葉はしかし、口から出てきてくれなかった。
父さんが怒っていないことは、母さんを経由して知っている。だから今謝ったら、全てが丸く収まる。
けれど、それではダメな気がした。だから私はまるきり違うことを喋っていた。
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作者名：キメラ | 作成日時：2022年2月15日 9時
