【イナGO】君へ贈る旋律第二楽章【神童拓人】 (ページ18)

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68　引きずる感傷ページ18

「じゃあ俺はAを送っていくので、ここで」

帰り道、突然神童がそう言い出したので、私の口からは「えっ」という驚愕の声が反射的に出た。

「もう暗くなってる。女子が一人で帰るのは危ないだろう」

「そうだな。それにできるだけ複数人で行動した方がいい。また絡まれないとも限らないからな」

三国さんも同意したので断るに断れず、結局お言葉に甘えることになった。

「お疲れ様でしたー！」と元気にお辞儀する天馬と、「また明日」と手を振る三国さんに別れを告げ、神童と二人歩き出す。

「ありがとう……家、逆方向なのに」

「これくらいどうってことないさ」

神童はなんでもない顔でそう言ってのけた。

──ああ、こういうところなんだろうな、と不意になんの脈絡もなく思った。

顔よし器量よし、財閥の御曹司でサッカーもできて成績も良くて。しかもその完璧さを全く鼻にかける様子はなくて。

そんな、女子からも男子からも人気な人物と歩いていると……少しだけ自分が恥ずかしくなってくる。

「A」

「ん？」

「その、Aは──いや、やっぱりいい」

交わされる会話にデジャブを覚えた。

「この前も何か言いかけてやめてなかった？」

「……ああ」

「そんなに言いにくいこと？」

「そう、だな」

何がなんでも吐けとは言わないが……さすがに気になってくる。

私のそんな思いを込めた視線を受けたのか、神童がこちらを向いた。

長いまつ毛に縁取られた瞳が二度、三度瞬きする。そして、

「もう、バイオリンはしないのか？」

──息を抜かれたような、沈黙が降りた。

街頭に群がる蛾が、こつこつと羽音を立てている。自転車が一台、二台と私たちの脇を通り過ぎていく。

「今は……こうやってサッカーやってる方が楽しいかな」

なんとかかろうじて、それだけ言った。

バイオリン。音楽。私が神童を妬むようになった、一番最初のきっかけ。

それだけは思い出と一緒にダンボールの一番底に眠ったまま、取り出せずにいる。

「──そっか」

その返事からは、神童が何を思っているのか読み取れない。

神童はまだピアノを続けている。去年だって合唱コンクールの伴奏を見事に務めあげた。その実力は折り紙付き。

私のバイオリンは神童にとって雑音でしかないはずだ。周りの大人もそう言っていた。

今更──弦を持つ気になんてなれない。