70 修復された仲 ページ20
──忘れてた。
母さんと神童は五年前、コンクールの時とかに……何度か会ってる。そういえば私も神童のご両親と挨拶したことがあった。
驚いた様子の母さんだったが、その表情はすぐ嬉しそうなものに変わる。
「まあ、神童くん……久しぶり。さあ座って、お口に合うかわからないけれど」
「はい、ありがとうございます」
こうして私たちは食卓を四人で囲み、賑やかな食事が始まった。
いや、賑やかなのは相変わらず姉一人くらいのものだったが。
＊
「──それでさあ、Aがいっちばん最初に喋った言葉何だったと思う？ ぱぱでもままでもなくて『ねーね』なの！ いやぁ刷り込んだ甲斐があったってもんよーほんとに可愛かったんだから！」
「お姉ちゃん、喋りすぎよ。神童くんが困ってるじゃないの」
食後のデザートタイム、相変わらず衰えない姉のテンションを諌める母さん。
そんな様子を見ながらカステラをつまむ私と神童。
神童は姉の話を聞いて、表情をくるくると変えた。呆けたり驚いたり。たまに私の反論が闖入すると、声を立てて笑ったり。
──まあ、こんな女所帯の中でも楽しそうでよかった。
「仕事を片付けてくる」と名残惜しそうにしながら姉が去ると、場は一気に静かになった。
やっと訪れた心地いい沈黙に気持ちが安らぐ。すると、
「またAと仲良くしてくれてありがとうね」
母さんが神童にそう言った。
カラン、と。グラスの中の氷が音を立てる。
『バイオリンもうやめる。神童くんとも会わない』──五年前、私に突如そう告げられた母さんは、一体どんな気分だったのだろう。
「いえ、俺の方こそ。こうして同じ部員として交流できて嬉しいです」
それは正しく模範解答のように思えた。
言葉に嘘はないのだろうけど──一番大事な部分を避けるような、そんな回りくどさを持った。
「Aさんは、俺たち選手のことをよく見てくれていて、後輩の面倒見もよくて……サッカー部にとってなくてはならない存在です」
いや、それを言うなら神童の方が──そう言いかけてやめる。
母さんの目が、嬉しそうに細められていたから。
安心、したのだろうか。私が神童と仲直りして。
思えば母さんにはずっと迷惑をかけっぱなしだった。
バイオリンをやめた時も。今岡を殴って稲妻KFCをやめた時も。母さんはずっと心配そうに私のことを気遣ってくれていたのに。
まだ、何も孝行ができていない。
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作者名：キメラ | 作成日時：2022年2月15日 9時
