323 初対面 ページ16
「サッカー部にいるA先輩の時間は、絶対なくなっちゃいけないんです。楽しかったことも辛かったことも、全部全部かけがえのない思い出なんです！ だから……！」
考え込んでしまった神童に、天馬は頭を下げた。
なんとしても取り戻さないといけない。Aのいないサッカー部は、それはもう本来のサッカー部とは言えないのだ。
「──わかった。俺にできることなら」
そんな天馬の熱量に押される形で、神童は半ば無意識にそう言っていた。
フェイと天馬の顔が、パッと輝くのを見ながら、神童はAの、滅多に笑みを見せることのない涼やかな顔を思い浮かべていた。
＊
「もう、帰ってしまっているかもしれないな……」
天馬と神童は、日が傾きかけた校内を歩いていた。
──まず今のAさんがどんな様子なのか、探ってほしいんだ。あまり本人を混乱させすぎないように、慎重にね。
フェイの言葉が二人の耳の奥に甦る。フェイは二人にそう言ってから、Aの時空に何が起きたのかを探るために一人で駆けていった。
「でも急がないと……時間が経てば経つほど、歴史を修正するのは難しくなるみたいなんです」
もたもたしていたら、サッカー部に存在したAが本当に消えてしまう。その思いが、天馬の歩みを早めた。
「あ！」
そうして天馬は小さく声を上げる。二年の教室から一人の女生徒が出てきたのだ。
それは確かに天馬の知るAの姿だった。なびくセミロングの黒髪、制服からすらりと伸びた長い手足。
Aはこちらに気づかず、すたすたと向こうへ歩いていく。
「じゃあ、声をかけるぞ」
「はい」
天馬に目配せしてから、神童は「A」と、Aを呼び止めた。
Aは立ち止まって振り向き、こちらへ歩いてきた。天馬に訝しげな視線を向けながら。
天馬はもう言葉を交わす前から、このAは自分の知る人物ではないと確信した。こちらに向けられる一対の紫の瞳は、他人を見る時の色をしていた。
「神童、どうしたの？ 次のコンクールの話？」
「いや、それとは別件なんだが……」
神童は天馬に目を向けた。
天馬の瞳が忙しく左右に動く。様子を探ると言っても、具体的な案を練られないままここまで来てしまったので、あとは成り行きに任せるしかなかった。
「友達？」
「サッカー部の後輩だ」
「ま、松風天馬です。初めまして」
「初めまして……」
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作者名：キメラ | 作成日時：2022年11月2日 10時
