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視界がぼやけて、足下も定まらない。
浅く乱れる呼吸のまま、目の前に治を見つけた。
「……南さん、」
大丈夫ですか、と伸ばされた手を取ろうと自分のそれをあげる。
否、私の右手は空を切った。
私の左手が、信介にしかと握られていた。
信介はそのまま、無言のまま私の手を引いて、観客席の後ろの方の、人目につかないところまで私を連れていった。
「……しんすけ、」
しばらくの静寂を私が破ると、俯いていた信介がこちらを向いた。
「……俺、お前はわかっとるんやと思ってて」
何の事だかわからない。
「せやから、春高終わるまで、待ってくれるんやと思ってて」
わからないけど、それでも信介は続ける。
信介にしては珍しく、まとまっていないように聞こえた。
「ほんで俺が言葉足らずやった。……あと、勘違いしてたしさせてしもてた」
「何、何を言うてるの」
しびれを切らして私がそう言うと、私の腕を握る信介の手に力が籠った。
「……ちゃうな、そんなことやなくて、」
そう言うと信介は私の腕を離した。
それから、私の正面でちょっと膝を曲げて、目を合わせる。
「俺は、部活が無くなっても、お前のそばにおりたい。お前にそばにおってほしい」
信介はいつもの何を考えているのかわからない顔のままそう言った。
思考回路がストップする。
「俺は、お前と恋仲になりたい」
ドクンドクンと心臓が大きく鳴り響く。
その先の言葉に期待して、目に涙が溜まった。
「好きや、A。
俺と付き合ってくれんか」
嬉しくて嬉しくて嬉しくて。
こんなときどう表現すればいいのかもわからない。
不安と緊張から解放されて、歓喜の涙が溢れ出る。
試合に負けて人生で1番悔しい思いをしたのに、それが人生で1番嬉しい思いで塗り替えられてしまった。
信介がそっと右手を出す。
その右手を、両手でしかと掴む。
これから絶対に離してしまうことなどないように。
「……は、ぃ…」
声にならない声で、返事をした。
未だに心臓は鳴り止まない。
信介が よかった、と笑った。
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なず@ヴィル様の旦那です(プロフ) - うびゃぁ…………今まで読んできた中で一番好きです… (2021年4月10日 16時) (レス) id: c2e37a127a (このIDを非表示/違反報告)
依(プロフ) - ちびさん» そう言ってもらえると嬉しいです^^お読みいただきコメントまで、本当にありがとうございます! (2020年6月5日 22時) (レス) id: 1c396819ac (このIDを非表示/違反報告)
ちび(プロフ) - めっちゃ感動しました!!最高です( ; ; ) (2020年6月2日 20時) (レス) id: c0c643d2d0 (このIDを非表示/違反報告)
Rikka(プロフ) - りるとさん» そう言っていただけて嬉しいです!ありがとうございます^^ (2020年4月17日 8時) (レス) id: 1c396819ac (このIDを非表示/違反報告)
りると - めちゃくちゃいい話でした!! (2020年4月15日 0時) (レス) id: 615da3bcde (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:Rikka | 作成日時:2020年3月18日 10時