【歌い手】＿きみのいろ＿#9【ROC】 (ページ18)

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377話ページ18

だけど、妹は生まれなかった。

流産したのだ。
理由は訊いていない。うちの家では“妹”の話はタブーだから。

母さんが病室で泣いていたのを憶えている。
ごめんなさい、ごめんなさいって繰り返して。時々、許さない、と挟んで。

父さんが病室の外でうずくまっていたのも憶えている。
たいそう怯えた様子で、震えていた。ただ一言、僕は悪くない、と呟いたように思う。

俺だけがあまりよくわからずにいた。

悲しくはなかった。残念ではあったけれど、目の前で死んでしまったとかではないから。

　１番身近で、１番遠い死

何も変わらないままになるはずだった
俺はひとり息子で、母さんがいて父さんがいる、ごくごく普通の家族。

同じアパートに住んでいる小学生の足首くんが、兄貴みたいで、いつも遊んでくれて。

(何も変わらないままになるはずだった)

まず壊れたのは母さんの方。

「ね、今日は何が食べたい?なーんでもいいのよ、ハンバーグでもエビフライでも。
　そうだ、昨日テレビのおもちゃのCMじっと見てたわよね、あれ買ってあげるわね。
　…あぁ、いけないご飯の話してたのに、ごめんね、お魚?お魚食べたいの?お野菜も?

　まあまあ!!えらいね、普通の子供が苦手なものも食べれるのね、そうよね、さすがだわ」

母さん、俺は普通の子供だったよ

しばらくして、父さんも少しずつおかしくなっていった。

食べたいもの、欲しいもの、やりたい習い事、なんでもあげる、なんでも言いなさい。
小学校にあがると、担任はやさしいかとか、いじわるしてくるやつはいないか、とか。

いつの間にか、俺は家に帰るのが億劫になっていた。

父さんも母さんもやさしい
でも、それが息苦しい、放っておいてほしい

(きみが受け止めるはずだった愛情なのにね)

何度もそう、会えない妹に言ってみたものだ。

.

地元というのは話の出回りやすい空間だ。

うちの家の流産の話や、父さんの不倫のことまで、どうしてか広まっていて。
幸いいじめられこそしなかったものの、同級生たちには相当な気を遣わせた。

友達ぐるみで夏祭りやプールに行ったり
誰かの家にお泊りに集まったり、全部。行きたくても行けなかった。
両親が、危ないだの責任は取れるのかだの、いろいろ言うものだから。

まわりに、迷惑をかけてしまうのが、わかっていたから。

.

――家にいる時はひとりにしてほしかった

――外にいる時は誰かといっしょがよかった

実際は、何ひとつ思い通りにいかなかったんだけど。