【実l況l者】好きを更新し続けよう【短編集】 (ページ13)

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バレンタイン・キッス _us ページ13

「今年はなんもねえの」

こういうの、男から言うのは違うんだろうな。言うにしてももっと優しくて回りくどい言い方をするべきだ。でも俺は、当たり前のように貰えると思ってたチョコレートの気配がないことに悲しんでいるし、仕方ないと思ってほしい。

「…うっしーさあ、去年自分で言ったこと覚えてないの？」

俺の言い方の問題なのか、そもそも内容なのか、彼女は不機嫌そうに答えた。…去年俺が言ったこと？やべえ、何も心当たりがねえ。心当たりがないのもやばいし、それを包み隠さず声に出しそうになったのもやべえ。

思い出せ思い出せ。去年は、俺に珍しく予定が入っていて、帰りが夜になったんだ。それでもAは何も言わずにバレンタインだね、って笑ってフォンダンショコラを出してくれた。そのときの柔らかい笑顔しか、思い出せねえ。去年の俺、何か言っちまってんのか…？

「っはは、ふ、ふふ、ははっ」

俺が真剣に考えて、去年の光景を3周くらいしたところで、Aは笑い始めた。何も分からない俺がぽかんとするのを見てさらに笑った。少しだけ察しがついてきたかもしれない。

「っはあ、なんもないよ、去年ちょっと寂しかったの思い出しちゃって意地悪したくなっただけ」
「去年は…その、ごめん」

去年のことは素直に申し訳ないと思っている、それは事実。でも、不謹慎だけど、どうってことなさそうだった彼女が寂しかったというのを聞いてちょっと安心した。同時に愛しさも込み上げてくる。

「いいよ別に、おいしいって食べてくれたし」

はい、今年のチョコ。と俺に差し出してきたのは美味そうな焼き菓子。名前はよくわかんねえけど、きっと美味い。フォークも一緒に出されたので早速一口、…の前に、俺もちょっと意地悪がしたくなった。

彼女の名前を呼んで、こちらを向かせる。と、同時に。

直後、顔を離すとAはこれまでにないくらい驚いていたし、ぽかすか叩かれた。柄じゃないことをしたのに気付いて、なんだかんだバレンタインに浮かれているんだなあと感じる。こんなにわかりやすく好きだと表現するのはいつぶりだろう。…たまにはいいな、こういうの。

そうだ、来年のバレンタインは、俺からしかけてやろう。

「去年のバレンタイン、俺なんかAにした気がするんだけど、なんだっけ、やってみてよ」

とかなんとか言って、今みたいに真っ赤な顔させてやろう。

『バレンタイン・キッス』end