蜘蛛の糸、六本目 ページ6
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直接に教えを乞われたことがないのでさっぱりだったのですけれど、
文字を教えるようなことを何遍か繰り返すうちに、ようやく表情の変わらない子供の意図がわかるようになりました。
『その鼻の長い僧は、どのようにして粥を食った』
『弟子の僧が、鼻を持ち上げたのです。いくら茹でても茹でても、白い長虫のようなのを鼻から抜き切れませんもの。大概の日は腫れっぱなしですから、そうして弟子が支えていなくてはいけなかったのですよ』
『……それで、』
続きを、続きを。
せがむ目はとても真剣です。
文字や物語に触れた時の龍之介は、
年齢通りの幼い顔になるのです。
それだけ、彼は文字に触れることについては貪欲でした。
龍之介の棲む世界では、
りんご一つと重火器一つが同じ価値を持ちます。
りんご一つとチョコレェトバー3つが、同じ価値。
それから、一日中文字の読み書きを教わるのにチョコレェトバー3つ。
生きていくのに必要な肉や砂糖よりもずっとずっと、高い価値を持ちます。
龍之介も同じように、どんな食べ物を腹に入れるよりも、
文字を追うことや、文字を残すのに価値をおいていました。
彼が食べ物を買うお金で買い取った鉛筆とノートは、読み漁った物語やお話たちが姿を変え、
龍之介だけが紡ぐ物語へと変わっていきます。
「……紙に字句を記すのは、好い」
龍之介は、妖怪と文字の踊る絵巻をじっと眺めながら言いました。
「その間だけは、世界で最も自由な人間でいられる」
紡がれる物語の世界は、たちまちのうちに私を虜にしました。
この妖怪絵巻で得たなにごとかも、
彼の頭の中で、獣畜の心さえも動かす物語に姿を変えていくのでしょう。
それを待つだけの時間は、存外嫌いではありません。
いや、待っている間の時間が、私はこの頃遠くに感じるようになってしまいました。
「…………おい、おい」
あれほど本に噛り付いたら滅法動かない彼が、最近熱心に私を揺り起こそうとするのも その証拠でしょう。
この頃、眠くて眠くて、たまらない時間が長くなってきましたから。
眠っている間にお話が出来上がってしまうことがあるのです。
それはなんだか少し、残念に思います。
どんなお話にしようかとウンウン唸っている龍之介を見るのも、嫌いではありませんでしたから。
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伊織 - もう好き...!最後ウルっときましたよ。というか泣いちゃいましたよ。ほんと構成がお上手で...。芥川先生の作品たくさん使ってるの凄い好きです。千代の方も読んでるのですが作者様天才ですね。感動作品をどうもありがとうございます...! (2021年5月22日 18時) (レス) id: 399c3e6058 (このIDを非表示/違反報告)
アバンギャルド・マボ(プロフ) - コメントありがとうございます!!初めて書いた女主人公が蜘蛛(雌)ェ……とはいえ、実は人間だった頃が誰なのか、モチーフが居ますので、もしも暇だったら蜘蛛の前世当てクイズに挑戦してみてください笑笑 意外にも多くの方に読んでいただけて嬉しい…(芥川はいいぞ…) (2019年4月2日 11時) (レス) id: ea18c173c6 (このIDを非表示/違反報告)
多田野メガネ(プロフ) - どうも多田野です。千代の記以外の、それも女(雌?)主人公が新鮮でした(°▽°)突然の告白ですが、所々に芥川作品要素を垂らしていくマボ様が好きです。 (2019年3月27日 13時) (レス) id: d89d5986ef (このIDを非表示/違反報告)
アバンギャルド・マボ(プロフ) - ありがとうございます!!何も考えずに三時間で書いてみるチャレンジで、殊の外うまく書けたものなので完結させてみることにしました笑笑ギャグシリアス、展開などこれっぽっちも考えず、思いつきで書いております。とても短いお話ですが、最後までお付き合いください! (2019年3月25日 16時) (レス) id: ea18c173c6 (このIDを非表示/違反報告)
柘榴※惰眠愛してる(プロフ) - 新作おめでとうございます! (2019年3月25日 0時) (レス) id: cf0e41908a (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:アバンギャルド・マボ | 作成日時:2019年3月25日 0時