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蜘蛛の糸、五本目 ページ5




「何を読んでいらっしゃるの」


さる日の暮れ方のことです。
いつものように瓶詰めにされて、やや湾曲したガラス越しの視界から外を覗いておりますと。
龍之介は何やら真剣に、長い長い巻物を広げて、熱心に古い紙を目で追っていました。

じっと目を凝らしていると、少しずつ見えていきます。
ふんふん、あれは、なになに。

……あらまぁ!

「妖怪絵巻!」
「銀が見つけてきた」

描いてある絵も文字も、今の時代とは大きくかけ離れて、なんだか紙面を踊るようです。

文字が細く連なり、踊る踊る。

墨と小筆だけが執筆手段だった時代の書物は、随分と今の人には受け入れられなさそうな格好をしていました。

「喋る蜘蛛は載っていないな」

それでも、龍之介には読めてしまうのですけれど。

「…蜘蛛とお喋りする人間も載ってませんね」
「叩き潰されたいか」

龍之介は小瓶を指先でグラグラ揺らして怒りました。

私の体が小さくて、本当に潰しては困るからって、瓶に入れるようにしたのはどこの誰だったでしょう。

その踊る文字の読み方を教えてあげたのは私なのに。

蜘蛛になる前には、随分昔のことですけれど、人間として過ごしていた世もございました。

その時分に使われていた言葉を読むことぐらい、造作もありません。

自慢ではありませんけれど、女だてらに、学問を授けることには惜しみない家庭に育ちましたから。

仏様に教わりましたのは、私が死んだ後の進んだ学問ばかりです。
学んできたどんな学問の中にも、このように変わった子供をどのようにあしらうのかを示唆する教えは一つもありませんでしたが。

会ってから数ヶ月もの時が経ちましたが、
理解できたのは、どうして彼が興味を持って私をそばに置くかぐらいなものです。


初めの頃にお会いした時のことです。
『なぜ人の言葉を解するか』
の答えに、現代日本人の言葉を仏より教え授けられた旨をお話しすると。

彼は瓶の中にかっぽりと私を入れてしまってから、こう訊ねました。

『お前、仏より教えを請うたのだろう。ならば、』

これが読めるか。
それが音になる前に、彼は本を広げ、私をじっと見つめました。


―――龍之介はどうやら、文字の読み書きができる者を側に置きたかったようなのです。



.

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伊織 - もう好き...!最後ウルっときましたよ。というか泣いちゃいましたよ。ほんと構成がお上手で...。芥川先生の作品たくさん使ってるの凄い好きです。千代の方も読んでるのですが作者様天才ですね。感動作品をどうもありがとうございます...! (2021年5月22日 18時) (レス) id: 399c3e6058 (このIDを非表示/違反報告)
アバンギャルド・マボ(プロフ) - コメントありがとうございます!!初めて書いた女主人公が蜘蛛(雌)ェ……とはいえ、実は人間だった頃が誰なのか、モチーフが居ますので、もしも暇だったら蜘蛛の前世当てクイズに挑戦してみてください笑笑 意外にも多くの方に読んでいただけて嬉しい…(芥川はいいぞ…) (2019年4月2日 11時) (レス) id: ea18c173c6 (このIDを非表示/違反報告)
多田野メガネ(プロフ) - どうも多田野です。千代の記以外の、それも女(雌?)主人公が新鮮でした(°▽°)突然の告白ですが、所々に芥川作品要素を垂らしていくマボ様が好きです。 (2019年3月27日 13時) (レス) id: d89d5986ef (このIDを非表示/違反報告)
アバンギャルド・マボ(プロフ) - ありがとうございます!!何も考えずに三時間で書いてみるチャレンジで、殊の外うまく書けたものなので完結させてみることにしました笑笑ギャグシリアス、展開などこれっぽっちも考えず、思いつきで書いております。とても短いお話ですが、最後までお付き合いください! (2019年3月25日 16時) (レス) id: ea18c173c6 (このIDを非表示/違反報告)
柘榴※惰眠愛してる(プロフ) - 新作おめでとうございます! (2019年3月25日 0時) (レス) id: cf0e41908a (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:アバンギャルド・マボ | 作成日時:2019年3月25日 0時

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