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パンドラの匣《弐》 ページ30

「隠れん坊しようと思ったら、イノウったらずっと狭い部屋に閉じこもりっきりだったんだもの!だから私も、イノウのこと閉じ込めてあげたのよ。泣いて喜んでいたわ。処刑が伸びるって」





階段を、どこまでも、どこまでも降りていく。


誘導灯のようなほのかな光さえなければ、足元が見えないほどの暗闇を、お嬢は無言で進む。


高層ビルの頂上、そこから下に続く階段を降りたのだから、現在地はビルの中腹にも満たないだろう。


そうと判っていても、地中の奥深くと錯覚しかねないほど、その暗闇は黒く続いていた。


「開けてみて」


再び扉の前に止まると、前を歩いていたエリス嬢は無邪気に笑った。


まるでプレゼントを目の前で開けて欲しいとせがむ、幼い子供のようだ。


僕は促されるままに扉に手をかける。


ぐ、と力を込めれば、何年も降り積もる埃が僅かに舞う。少々咳き込んだ後に顔を上げ、それから、絶句した。




開けた視界に、まず日の光が舞い込んだ。


重い紫のカーテンと、天蓋付きのベッド。


どんな足音も吸い込む、毛足の長いカーペット。


――ベッドと差し向かいにあたる壁に飛び散った、赤黒い血痕。


いや、僕を脅かしたのは血だけではなかった。


部屋の真正面に位置する額縁と、その下に刻まれた名前――それが電流となって、僕の脳幹を強く揺るがせた。



「アダチ、カズユキ」


その名前が記された額縁に収まっているのは。


【名も無き古い夜】と恐れられ、ヨコハマの街を焼却すると言われたほどの悪政を敷いた男―――ポートマフィアの先代首領の肖像画だった。


貧民街の末端で、その日暮らしを続けていた僕にさえ知られた、悪行の数々が脳裏を過ぎる。


その用心深さから、決して本名を伝えることなく、いくつも名前を持っていた男。故に、【名も無き古い夜】。


奴は朝令暮改の支離滅裂な命令に加えて、街を三度焼き払うとされたほどの抗争を、幾度となく繰り広げた。


その悪政によって命を失ったのは、黒社会側の人間だけではなく、民間人も多くが犠牲となったという。


―――僕の仲間の数名も、この男の引き起こした抗争によって命を落としている。


紛れもない憎悪の対象だ。


その男の名前がなぜ、アダチカズユキなのか。


先代の名前は一切伏せられており、マフィアの人間すら知らなかったというのに。男の本名がアダチカズユキであるとは、到底信じられる話ではない。

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アバンギャルド・マボ(プロフ) - 更生したかに思えた先の人生でも不幸は続いて。最終的に彼は。…………という暗喩です笑笑笑笑笑笑 足立が人を初めて切った例の事件では15歳だったので、この凄惨な小説と映画を思い出さずにはいられませんでした。 (どちらかというと映画版を思い出しております。) (2019年9月9日 21時) (レス) id: 6a86a136d3 (このIDを非表示/違反報告)
アバンギャルド・マボ(プロフ) - 姫歌さん!その通りです笑笑 キューブリックによって映像化もされた、あのやべえ小説の題名をお借りしています。時計仕掛けのオレンジの主人公は、15歳の少年でしたよね。彼は非行に走って、暴力の一切を怯え嫌うようになるほどのトラウマを刑務所で植え付けられ、 (2019年9月9日 21時) (レス) id: 6a86a136d3 (このIDを非表示/違反報告)
姫歌(プロフ) - コメント失礼します。時計仕掛けのオレンジとはアントニイ・バージェス著の時計仕掛けのオレンジでしょうか? (2019年9月9日 16時) (レス) id: d8a4d97043 (このIDを非表示/違反報告)
アバンギャルド・マボ(プロフ) - 南雲藍琉さん» コメントありがとうございます!! 忙しい中読んでくださって本当に有難う御座います…色々重く受け止めないでくださいお願いします(真顔 続きができました!長い話になっちゃいましたが、のんびりとお付き合いください笑笑 (2018年7月8日 15時) (レス) id: ea18c173c6 (このIDを非表示/違反報告)
南雲藍琉(プロフ) - ここ最近は2週連続検定やらテストやらで時間が取れず、読み込むことが出来ないためコメントは控えていたのですが、そのために作者様に誤解を生む結果になっていたのなら申し訳ありません。足立くんの話は更新される度読んでいますし、これからも楽しみに待ってます。 (2018年7月7日 14時) (レス) id: 2e644448cf (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:アバンギャルド・マボ | 作成日時:2018年3月11日 18時

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