パンドラの匣《参》 ページ31
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「その名前は世襲制でね。代々足立の家に生まれた長男は必ず、“アダチカズユキ”と名乗ることになっているんですよ」
その時、肖像画に呆気に取られていた背後で、突如声がかかった。
しかし、僕の戦意が逆立つことはない。
間違いなく、声の主が、僕の探し物だということに気が付いたからだ。
「稲生」
長身の男は挨拶もそこそこに、ふらりと席を立つと僕に手首と首回りを真っ先に見せた。
繋がれていたような跡は残っているが、Qの精神汚染を示す黒いアザは少しも窺えない。
「お嬢はもうお帰りになったんですか。…折角なら、彼も連れて行って欲しかったのですが」
稲生は席を立つと、天蓋ベッドに手をかけ、そっと掛け布団を退かす。
―――そこで眠る者もまた、僕の探し物であった。
「起こさないでくださいよ。久作を寝かしつけるのは大変な苦労があったんですから」
「ほう。今度は呪われずに済んだか」
「今度もなにも、僕ははじめっから呪われちゃいないんです。ただ、…あの尾崎幹部が偽物だと気が付いたのが遅すぎました」
自嘲気味に笑いながら、稲生は続けた。
「―――《若》もやりますね。『Qが脱獄した』という情報を流すだけで、今のマフィアなら途方もない恐慌状態に陥りますよ。
実害を出すよりもよっぽど、いつまでも隠しておくのが効果的だったかもしれません」
若君、坊ちゃん。
千代助が一部の構成員から、なぜそのように呼ばれ続けていたのか。
その理由が、今ならわかる。
「まったくだ。血は争えぬ。まさか千代助が——ポートマフィア、先代首領の孫だったとは」
『あのさ。できれば、ずっとそのまんまのあだ名でよんどくれよ』
『俺…。名前で呼ばれるの、あんま好きじゃねえから、』
過去の千代助の、苦い微笑みが、ふと記憶に蘇った。
それは今になって初めて、どうしようもなく、悲しい告白だとわかった。
先代との血のつながりを意識させる名前を、呼んでほしくなかったのだ。
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アバンギャルド・マボ(プロフ) - 更生したかに思えた先の人生でも不幸は続いて。最終的に彼は。…………という暗喩です笑笑笑笑笑笑 足立が人を初めて切った例の事件では15歳だったので、この凄惨な小説と映画を思い出さずにはいられませんでした。 (どちらかというと映画版を思い出しております。) (2019年9月9日 21時) (レス) id: 6a86a136d3 (このIDを非表示/違反報告)
アバンギャルド・マボ(プロフ) - 姫歌さん!その通りです笑笑 キューブリックによって映像化もされた、あのやべえ小説の題名をお借りしています。時計仕掛けのオレンジの主人公は、15歳の少年でしたよね。彼は非行に走って、暴力の一切を怯え嫌うようになるほどのトラウマを刑務所で植え付けられ、 (2019年9月9日 21時) (レス) id: 6a86a136d3 (このIDを非表示/違反報告)
姫歌(プロフ) - コメント失礼します。時計仕掛けのオレンジとはアントニイ・バージェス著の時計仕掛けのオレンジでしょうか? (2019年9月9日 16時) (レス) id: d8a4d97043 (このIDを非表示/違反報告)
アバンギャルド・マボ(プロフ) - 南雲藍琉さん» コメントありがとうございます!! 忙しい中読んでくださって本当に有難う御座います…色々重く受け止めないでくださいお願いします(真顔 続きができました!長い話になっちゃいましたが、のんびりとお付き合いください笑笑 (2018年7月8日 15時) (レス) id: ea18c173c6 (このIDを非表示/違反報告)
南雲藍琉(プロフ) - ここ最近は2週連続検定やらテストやらで時間が取れず、読み込むことが出来ないためコメントは控えていたのですが、そのために作者様に誤解を生む結果になっていたのなら申し訳ありません。足立くんの話は更新される度読んでいますし、これからも楽しみに待ってます。 (2018年7月7日 14時) (レス) id: 2e644448cf (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:アバンギャルド・マボ | 作成日時:2018年3月11日 18時