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パンドラの匣《四》 ページ32

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「芥川さん」


気がつくと、稲生はコーヒーを片手に、僕と向かい合うような位置に立っていた。


机には僕のお茶が淹れられている。


「お茶も充実している場所ですからね。ここでは生活に不自由しませんでしたよ。……壁に飛び散った血と、ジジイの眼力にさえ眼をつぶればね」

「……。」

「長い旅だったでしょう。少しぐらい息を抜いてもバチは当たりません」


稲生はどっかりと腰を落ち着けて、ベッドで夢の中を漂うQの髪を柔らかく撫で付けている。


――稲生武大夫は誰に対しても、父性を向ける。


それは野犬に等しい新参者だった僕が相手だろうが、常軌を逸した精神操作異能者が相手だろうが変わらない。


千代助と同じような、要らぬ節介を生業とするような世話焼きだ。


この二人が顔を合わせれば冷戦状態に近くなるのを、これまで僕は、同族嫌悪の一種だろうと予測していた。


その予想を裏切るように、稲生は迷わず本題を切り出す。


「これまでの人生で、復讐を誓ったことは?」


マフィアにしてはなんて事のない世間話だ。


「無論、ある」

「奇遇ですね」


奇遇なものか。判っていても切り出したんだろうに。


「よくある話です。僕たちの主君…アダチカズユキは、部下というものをカケラも信用していなくてね。

 力以外の支配を知らない彼は、構成員が裏切らないよう、我々にとって大切な人の生殺与奪権を握っていたんです。その人質が僕の場合、弟だった。

 ………疑心暗鬼とはあのことを言うんでしょうね。僕は裏切りを何度も考えましたが、実行に移したことは一度だってない。

 それを、こんなふうに。目の前でコーヒーに砂糖を入れたという理由だけで、僕が首領を暗殺しようと企んでいると、邪推を始めたのです。

奴が言うには毒殺だそうで。ハハハハ」


稲生はコーヒーに砂糖を加える。スプーンで何度もぐるぐると回し、それから言った。


「抗議の結果は無惨でしたよ。僕の目の前で、助けを求めながら、唯一の肉親は最期を迎えた。

諜報に就いた人間の数だけ、その手の悲劇は起こり続けました。僕たち情報員は皆、先代によって大切なものを奪われているんです。

 だから…嬉しかったな。森さんが…あの足立の生首を携えて僕らの前に現れた時は!!

ああ、やっと死んだのか、仇をとってくれたのだと。胸がいっぱいになったものです。

森さんは、新しい首領になってから初めての任務を僕らに言い渡しました。【アダチカズユキの孫を誘拐しろ。彼を育てている家族ももろとも殺害しなさい】。と」


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アバンギャルド・マボ(プロフ) - 更生したかに思えた先の人生でも不幸は続いて。最終的に彼は。…………という暗喩です笑笑笑笑笑笑 足立が人を初めて切った例の事件では15歳だったので、この凄惨な小説と映画を思い出さずにはいられませんでした。 (どちらかというと映画版を思い出しております。) (2019年9月9日 21時) (レス) id: 6a86a136d3 (このIDを非表示/違反報告)
アバンギャルド・マボ(プロフ) - 姫歌さん!その通りです笑笑 キューブリックによって映像化もされた、あのやべえ小説の題名をお借りしています。時計仕掛けのオレンジの主人公は、15歳の少年でしたよね。彼は非行に走って、暴力の一切を怯え嫌うようになるほどのトラウマを刑務所で植え付けられ、 (2019年9月9日 21時) (レス) id: 6a86a136d3 (このIDを非表示/違反報告)
姫歌(プロフ) - コメント失礼します。時計仕掛けのオレンジとはアントニイ・バージェス著の時計仕掛けのオレンジでしょうか? (2019年9月9日 16時) (レス) id: d8a4d97043 (このIDを非表示/違反報告)
アバンギャルド・マボ(プロフ) - 南雲藍琉さん» コメントありがとうございます!! 忙しい中読んでくださって本当に有難う御座います…色々重く受け止めないでくださいお願いします(真顔 続きができました!長い話になっちゃいましたが、のんびりとお付き合いください笑笑 (2018年7月8日 15時) (レス) id: ea18c173c6 (このIDを非表示/違反報告)
南雲藍琉(プロフ) - ここ最近は2週連続検定やらテストやらで時間が取れず、読み込むことが出来ないためコメントは控えていたのですが、そのために作者様に誤解を生む結果になっていたのなら申し訳ありません。足立くんの話は更新される度読んでいますし、これからも楽しみに待ってます。 (2018年7月7日 14時) (レス) id: 2e644448cf (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:アバンギャルド・マボ | 作成日時:2018年3月11日 18時

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