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「美味しい?」
彼女はフォークを咥えながらコクコクと、顔を綻ばせた。
シンプルな皿の真ん中、ソースやフルーツで彩られたケーキは、野坂の前に置かれたものと変わる筈はないのに、ずっと鮮やかで食欲をそそる。
彼女の緩んだ笑顔につられ、野坂の口角も小さく上を向いた。
少しも口を付けていないアイスコーヒーが、溶けていく氷で薄まっていく。野坂の手が止まり、その視線は目の前の彼女の姿に吸い込まれていた。
空間を彩る音楽、オレンジ色の照明、彼女の笑顔。その一瞬だけは有意義な時間だと感じていた。
そう、一瞬。階段から響いた複数の足音で、乖離していた自分の意識がすっと体に戻ってきたような感覚に陥った。
肘をついて固定していた頭を起こす。彼女はフォークを片手に、二階の奥へ歩いていく女子三人組を目で追った。
その瞬間の内に、野坂の思考が目の前の現実に浸ることを拒否した。
野坂は立ち上がり、席を外すとだけ伝え彼女を残して階段を下りた。一階のトイレの扉を押す。
見たところ店内に居る男は、店員も含め彼だけだ。野坂はそれを確認した上で男性用トイレに入った。広くはない空間、鏡に映る自分を見つめて洗面台に手をついた。
「何、してるんだ…」
これはリハビリの一貫で、彼女も野坂もそれは了承の上だ。この店だって目的ではない。彼女の回復の手助けになる、一つの過程でしかない筈なのに。
どうして自分は、こんなにも浮かれているのだろう。疑問が、野坂自身を酷く苦しませる。
情報収集だって、合理的に行動する為にと理由を付けて行った。しかし、まだ足が不自由な彼女を、わざわざ二階席に連れて行ったのは何故だ。
あの景色を見せたいと思ったから。彼女に、笑顔になって欲しいと思ったから。
いや。むしろ。野坂自身が、彼女の幸せそうな表情を見たいと思ったからだ。
「…僕は…」
服の上から、自身の胸板に触れる。質の良い生地を強く握りしめる。
確かな脈拍。手のひらの中で、トクトクと細かく鼓動を刻み続けている。
その速度は、普段と比して明らかに速い。野坂は呼吸を繰り返した。現実から逃げるように、数分間その場に留まり続けた。
「…違う、僕は…」
彼女の側に居ること、それ自体が目的になりつつある。そんな思考を断ちたかった。
そんな不純な、自分勝手な感情が彼女に向けられる事実を、無いものにしたかった。
ラッキーカラー
あずきいろ
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かなり - 私、輝さんの小説が大好きでいつも読み返していて、勇気をもらっています!これからも体に気をつけて頑張って下さい!応援しています! (2020年4月26日 20時) (レス) id: 698341d95b (このIDを非表示/違反報告)
輝(プロフ) - かなりさん» 沢山のコメントありがとうございます!本当に励みになります(*^^*)かなりさんも、どうか体調にお気をつけて過ごしてください。 (2020年4月26日 18時) (レス) id: c19a41cb32 (このIDを非表示/違反報告)
かなり - この小説は、私を感動させてくれる小説です!この小説を作ってくれてありがとうござます!これからも体に気をつけて頑張って下さい!応援しています ! (2020年4月20日 11時) (レス) id: 591368bcea (このIDを非表示/違反報告)
かなり - もお、続きが気になり、この後の展開が気になり過ぎて、ドキドキしながら読んでいます !(≧∀≦)これからも、体には気をつけて、頑張って下さい!応援しています。! (2020年4月14日 21時) (レス) id: 591368bcea (このIDを非表示/違反報告)
かなり - コメントありがとうございます。これからも頑張ってください (2020年4月10日 14時) (レス) id: dd5b3632db (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:輝 | 作成日時:2019年8月8日 23時