月の欠片、星の雫【短編集】

お代はその笑顔で ページ10

「らっしゃい」


のれんが揺れたので、

いつものように声を張り上げる。

少しだけ、

その人物がAであることを期待して。


だが、そんな淡い期待は簡単に裏切られた。

目の前にいるのはサラリーマンらしき男2人。



「焼酎２つお願いします」



と後輩らしい男が指をピースにして、注文する。

それに従い俺は、

2人の前に焼酎の入ったコップを差し出した。




「そーいや、先輩。 彼女と別れたらしいですね」

「ん？まぁな」


と先輩である男は未練など無いようにサラリと受け流す。



「もう別な彼女がいるけどな」


と今度は得意げに言い放った。



(こいつ、神経図太いな……

もう別の彼女いんのかコノヤロー)



「え、マジすか？早いっすね」


と後輩も俺と同じく驚き、焼酎を吹き出しそうになる。


「結構前から付き合ってたんだよ、そいつと。

で、潮時だと思ったから古いのとは別れて、

本命に乗りかえたってわけ」

「それって二股じゃないすか。最低っすね〜」


と口では悪く言うが、

後輩もさほど二股をかけたことを咎めない。


むしろその話を楽しんでいるようだ。




(こいつら……)



と気になりながらも、俺は黙々と作業を続ける。



「別れる時が、もー大変でよ」


とそいつは自慢話しでもするように、

後輩に喋り続ける。

他人の話とはいえ、聞こえのいいものではない。



(これなら、

まだあのニート達と話してる方がマシだ)



「泣きながらしがみついてきたから、

言ってやったよ。


"お前なんて本気じゃなかったんだよ"

てな」



そこを聞いて俺の手は止まった。

なんだ、何か引っかかる。

その言葉を前に一度聞いた事が……



「ヒドイな〜。

彼女かわいそーじゃないすか」


下品な笑いを浮かべ、本気だった女を馬鹿にする。



「おい」



歯をくいしばる。

怒りがこみ上げてきた。



「おめぇらなんか……




俺のおでんを食べる資格はねぇ‼ 」




屋台のそばで寝ていた猫が、

驚いたように走り去るのを横目で見た。

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