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「これ、元宮の携帯じゃないよね?」
座布団の下に隠れるようにあった黒のスマホを指差す。
『違う、これ伊達のだ。座布団の下にあったから気付かなかったんだ』
どうするか、とAが問いかけるより先に、萩原が立ち上がっていた。
「近く見てくる。いつも電車で帰ってるし、まだ追い付けるかもしれないし」
『大丈夫?酔い回ってない?』
「平気。俺が一番足速いしな」
風のように去っていった萩原と、残されたふたり。急に静まり返る席に、Aは柄にもなく緊張していた。
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松田は、火のついていた煙草を一度深く吸って、そのまま灰皿にすり付けた。
今つけたばかりなのに、とそれを目で追っていると、自然と松田と目が合う。それを逸らすことないまま、口を開く。
「ほんとに何かあった?おまえ、俺が
「ま、俺は煙草吸う女嫌いじゃないけどな」
周囲の会話も、料理の音も、グラスがぶつかる音も。全てが遥か遠くにあるように聞こえた。松田の声も、最初はよくAの耳に届いていたが、彼が一言一言紡ぐ度に、遠くなっていく。すべてが聞こえなくなっていく。
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あんたが置いてったんだよ。
だったら私のこと、好きになってよ。
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言えない本音は飲み込むばかりで、着実に溜まっていく。
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作者名:ハル | 作成日時:2021年9月12日 0時