【文スト】毎日ペンを握るのも悪くないと思いました。

六話 ページ6

「私ね、あるお店の咖哩が好きで何回も作ってるんだけど、どうしてもそのお店の味にならないの」




他愛も無い話をしながら私達は歩く。




「そのお店の咖哩、滅茶苦茶辛いの」


「？Aさんは辛いの苦手じゃありませんでした？」


「...偶に食べたくなるの」




成程、と云った表情で隣の彼は頷く。別にそんなに真剣に聞く話でもないのにちゃんと聞いてくれる彼は優しい。マフィアの幹部とは思えないくらいに。




「...あ、此処」




車の通る音と混ざって聞こえてきたのは、人の大きな声と鉄がぶつかり合う音だった。




「取り壊されてますね。元は喫茶店だったみたいです」




あの店主は、今どうしているんだろうか。あんなに客のいない喫茶店を経営して、売上もそんなに無かったはずだ。あるとしたら毎日の私の珈琲くらい。

それでも、私の心の拠り所の一つだった。あの店主の皮肉な口調も、おどけながらも私達にあの場所を勧めてくれる性格も。




「珈琲、美味しかったなあ」




今迄気が付かなかったけど、此処の珈琲は結構好きな味だった。

あの人にしか作れない、人の心に寄り添う味。


もう飲むこともないだろう。

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