【文スト】帽子幹部は私にだけ口数が少なかった筈なのに…【中原中也】

五十三言目 ページ8

ほんのり部屋に充満する葡萄酒の匂い。
隣に座る彼は何時もみたいに飲む訳でもなく、グラスを呆然と見つめ、時折ため息を吐いた。
カーテンの隙間からは心持ち明るくなった外の色が見える。
何時だとか仕事があるとかどうでも良くなった。
いや、決してそんな事はないのだけれど、そう思いたい。
だって、あんなに激情に駆られて余裕のない顔をする中也は初めてだったから。
私もきっと同じ様に見えていただろう。
今でさえ自分の欲しかった物が手に入った興奮が止まない。
彼もきっと同じ。

貴方「……飲まないの」

中也「頭がそれどころじゃねェンだ」

貴方「私も。このまま寝ろだなんて無理だよ」

彼の眺めているグラスを取って中身を飲む。
そこそこに良い物なのかもしれない。美味しい。

中也「手前なァ……」

貴方「飲まなきゃ勿体無いよ。…もう一杯頂戴」

中也「珍しいな、酒欲しがるなんて」

貴方「偶には良いでしょ」

中也「構わねェが飲み過ぎンなよ」

貴方「わかってるよ。まぁ中也程弱くないけどね」

持っていたグラスにまた葡萄酒を注ぐ。
ゆっくりと飲んでいると彼はまたぼーっと私を見た。

貴方「中也も珍しいね。そんなにぼーっとしてるの」

中也「自分でもそう思う。ここまで俺好みの女が他に居なかったって事だな」

貴方「…ん？」

中也「普通考えるだろ。次の日の事とか抱いてた女の事とか首領から連絡来てねェかとか。でも今はそんな事も考えられねェくらい手前の身体が良かったンだよ」

貴方「中也、私の事好きになった理由の一つって私の身体好きだからでしょ」

彼は少し目を逸らした。
でも耳がほんのり赤くなる。
本当に好きなんだ、私の事。

中也「……あァ、そうだ」

貴方「やっぱり。私の身体見てる時の目が普段の何倍も色っぽいからそうだろうなって。悪く言うとやらしい」

中也「悪かったな」

貴方「別にいいの。好きな男が自分の事ちゃんとそういう風に見てるんだよ。嬉しいに決まってるじゃん」

彼の頬に手を添えて目を合わせる。
やっぱりかっこいい。

貴方「ねぇ、もう一回」

肩に顎を乗せ耳元でそう言うと中也はふっと笑った。
何時もしているチョーカーのない細い首に擦り寄ればわかりやすく反応する。
飲み終わったグラスを置いて後ろから彼の肌をなぞり、背中に接吻をする。

中也「随分積極的じゃねェか」

貴方「今日は特別。ね？」

振り返った彼は何処となく嬉しそうに笑いながら接吻を繰り返した。

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