【文スト】帽子幹部は私にだけ口数が少なかった筈なのに…【中原中也】

七十一言目 ページ26

先刻から何だか左腕がじんわりと痺れ出した。
別に変な体制で寝ていた訳ではない。
何だろう…。
ぶつけてもいないし、何かされた記憶もない。
考えている内にも痺れは増して、少しずつ痛みに変わり始めた。

菊池「どうしました？顔色悪いですよ」

貴方「何でもないです。気のせいですよ」

菊池さんが本気で心配しているという事はこの人が何かしたというわけではなさそうだ。
じゃあこれは何…？
一人悶々と考えていると隣の部屋から突然大きな音がした。

貴方「な、何…？」

菊池「ちょっと見てきます！」

慌てた様に言ってドアを開ける。
でもそこに突っ立った儘向こう側に行くでも戻ってくるでもない。

貴方「…どうしました？」

菊池「何故、此処に…？」

「来ちゃ悪いか？」

菊池「何故分かったんですか！此処は誰にも教えてない筈なんです！瑞希さんにも！」

瑞希さん…。
それに話してる相手は誰？

貴方「菊池さん、誰と話してるんですか？」

菊池さんが私の方を向いてすぐ、話し相手だった小柄な男と細い女の人が此方の部屋に入ってきた。

「A、大丈夫か」

貴方「え…？」

「幹部、忘れてるって言ったじゃありませんか」

「なぁ、A」

貴方「やっぱり何か忘れてるの…？」

菊池「上西さん！その人の言ってる事は嘘です！」

「黙れ。Aに何をした。……異能か」

異能……。
そうか。菊池さんの異能で私は本当に好きな人の事忘れてるんだ。
じゃあもしかしてこの人が…？

貴方「あの、私は本当に忘れてるんですか？そうなんですよね。何かがおかしいと思ってたんです」

菊池「気のせいです！」

貴方「気のせいじゃない！私が本当に好きになった人はあなたじゃない！」

ぐっと起き上がる時に左腕に力を加えたせいで激痛が走った。
それに声を上げると菊池さんよりも早く彼は走り寄って来た。

「やっぱり痛むか？御免な。こうするしかなかったんだ」

優しく私の腕を包む手袋をした手。
ふわっと香るこの匂いを知ってる気がしてならない。

「出来るだけ早く連れて帰るから」

貴方「あの…、首、絞めて貰えませんか」

「え？」

「は？」

菊池「何言ってるんですか。そんな事する人いませんよ」

三人がそれぞれ声を出す。

貴方「彼はしてくれたんです。私を何時か殺してくれるんです。あの手で。でも、何も覚えてないの。顔も声も何も」

私の左腕に触れていた手が俯いた顔を上げさせた。
真っ直ぐに見た青い眼は浅い海みたいだった。

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