三十八曲目 ページ39
それからどれくらい黙りこくっていただろうか。
ただ、部屋にそれとなく飾られていた時計の音がとても大きく聞こえた。外では、すぐそばの川の音すら鮮明に聞こえた。
「……でも俺ァ、びっくりしたぜ」
唐突にそんなことを言われて、私は顔をあげた。そしてギルダーツを見て、目を見張る。
すごく嬉しそうな顔をして、優しそうな目をして、私を見つめていた。
まるで自分の娘が何か大きなことに成功したかのような、そんな顔。
そんな顔をされたことがない私は、どうしてもむずがゆさを感じる。
「……な、何を……？」
「お前、笑えるようになったんだな」
「！」
まるで今まで笑えなかったかのような口ぶりだ。
今までだって普通に笑っていたというのに、失礼な。
そういう思いを込めて、私はギルダーツを顔を顰めて睨む。
「ははっ、悪い悪い。 そういう意味じゃねぇよ」
「……じゃあいったい何の意味よ？」
小さく笑ってからギルダーツは続ける。
少しだけ顔を伏せているせいで、彼の表情はよく見えない。
だけどその声だけで、私は彼が笑っているのだということが分かった。
「お前はただ怖かっただけだろ」
「っ、」
虚をつかれて私は思わず動揺する。
思わず負けじと相手を睨もうとするが、こちらを見ない彼にそんなことをしても無駄だと気付く。
「いつも他人とは一定の線をひいて、必要以上に近づかない」
「……」
「他人には極力自分から話しかけず、話しかけられても適当な返事で終わる」
まさに数日前までの私だった。
ロキのことで傷つき、さらに私は他人から距離を置いてきた。
だけどそれもすべて……ただ、怖かったから……。
「ロキとのことで傷ついてお前……これ以上誰かと関わって傷つきたくないって思ってただろ」
「……よく、人のこと見てるのね」
乾いた笑いを漏らす。
誰かを傷つけたくないって言葉はただの建前などではない、確かに心から思ったことだ。
だけど……同時に自分が傷つきたくないって思ったことも、確かだ。
そして私は確かに、他人と関わることに恐怖を感じていた。自衛のことばかり、考えてしまっていた節も否めない。
そして、それを恥じることなく私は逃げていた。
いつもギルド不在のこの男に、それを見破られるとは思わなかった。
……いや、だからこそ……
だからこそ、この男は妖精の尻尾の頂点に立っているのかもしれない。
「……ギルダ」
「ギルダーツゥウウ！」
すごい勢いで、ナツが入ってきた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 29人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：始まりの神 | 作者ホームページ：
作成日時：2016年7月1日 1時
