三十一曲目 ページ32
今は皆騒ぎ出し飲み物をがぶ飲みし、私達の会話を聞くものは誰もいなかった。
こんなに騒がしいのに、まるで私とマスターの周りだけは時間が止まったように、その騒がしさをまるでどこから遠くへ聞いているような感覚がした。
自然と耳の中にするりと入っていくマスターの声。
「お前が他人を傷つけたくないほど優しい心を持っていたのは知っておった……だがなぁ、それは間違ってるんじゃ」
そう呟くマスターに、思わず目頭が熱くなる。
膝の上できつく、拳を握った。そうだ、……私はずっと、間違っていた。
「他人を傷つけることは、間違いじゃない。傷つけた後、それをどう癒すのかが重要なのじゃ……」
「マスター、私……」
「A、おぬしもわしの子供のようなものじゃ。おぬしがどう進むか。それはわしには変えられん未来じゃ」
優しい声。
優しい言葉。まるで本当の親みたいな、そんな温かい感情。
「だが、間違った道を歩ませたくない。 それを正すのも、わしの仕事じゃ」
そう言いマスターはギルドのみんなを見渡す。
酒を飲むもの。同じチーム同士で話し合っているもの。喧嘩を売りだすもの。
だけどどの顔も、笑顔が浮かんでいた。
「ここのマスターになってからもう何年も経ったが……いまだにわしは自分が未熟だと感じることがある」
「……そんな、」
思わず即座に否定する。そんなはずはない。
マスターは、私が見てきたギルドの中で誰より私たちを大切にしてきて、誰より強い心をもって、そして誰より私たちのマスターだった。
そんな私の否定の言葉に、マスターは嬉しそうに笑みを浮かべる。
「それは、ギルドの仲間が悲しそうな顔をするときじゃ」
そう告げたマスターは、再びギルドの中を見据える。
だけどそれは、どこか遠くを見つめているようでもあった。
「ここは終わらぬ冒険をする場所であって、悲しむ場所ではない……悲しむものがいてはならない」
そう強く言うマスターに、私は自分を振り返る。
きっとギルドの端っこで独りぼっちでいた私は、誰よりも悲しい顔をしていたんじゃないかと思う。
「……A。今回の任務で、何を学んできた?」
優しそうな瞳に唆され、私は自然と口を開く。零れる言葉に、迷いなどはなかった。
「仲間を頼ること。仲間を許すこと。仲間がそこにいること。仲間戦い、仲間を信じること」
「そうじゃ。仲間を許すこと……それが、このギルドの誰もが得意とすることじゃ」
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作者名:始まりの神 | 作者ホームページ:
作成日時:2016年7月1日 1時