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息を切らして飛び出してきたのは彼女だった。私を見てその場に立ち尽くすと、徐々にその顔が歪み、弾かれたように駆け寄ってくる。
「っいたたた!」
そのまま抱き締められ、痛めていた肩が軋んで悲鳴を上げた。
「しのぶ、肩! 肩脱臼してるから……」
「良、かった……!」
「!」
彼女の震えた声に痛みが遠のく。小さくて細い腕から、思いもよらぬ力が出ていて私を包んだ。私の肩口に顔を埋める彼女から花のような香りがする。
「ごめんなさい。あなたに、悲しみを一人で受け止めさせて……」
扉がまた開いて、杏寿郎や行冥たちが続々現れる。私を見て、皆一様にほっとした顔をする。
「もう……もういいんです。私がいます。もう泣いて良いですよ」
「……やだね。君たちの前で、兄上を想って泣くわけにはいかない」
しのぶから離れようと身を捩ると、それより強い力で両肩を掴まれた。私を真正面から見る彼女を見て目を見開く。
大きな両目からボロボロとこぼれ落ちる涙が、いくつも頬を伝い、地面に落ちていた。
「許す! 私が! 許すから!! あなたが無惨を想って悲しむことを!!」
「しのぶ……」
「だって……だって私が! あなたに死なないで欲しいって思ってる! 前世多くの人の命を奪い、それを反省も後悔もしていないあなたが、笑って生きることを望んでる!!」
奥歯を噛み締めて堪える。しのぶがまた私の肩に顔を埋めた。
「お願いだから死なないで……苦しいなら吐き出して……そばにいるから……もう、喪いたくない……!」
私の目の前でまた扉が開く。耀哉だった。
その目を見たとたん、絶対に泣くものかと思うと同時に、押し込んでいたものが溢れ出る。
震える腕をしのぶの背に回した。力無かったそれは、次第に熱を帯びて、彼女に縋りつくように。
「……言っちゃ、駄目だ」
「……言っていい」
「君の、前で……!」
「泣いていい。A」
彼はただそれだけ言った。
「……兄上に……兄上に、生きてほしかったんだ……」
ほとんど言葉にならなかった。声を押し殺して泣いてしまった。
なぜか授業が始まらず、不思議に思った生徒たちのざわめきが聞こえる。陽の光が揺らめいて、温かさを感じる。
この私が、彼らの家族や友の仇である兄上を想って泣く資格なんかないのに。
それでも空は綺麗だった。
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