プロローグ▼ ページ1
――ひどい夢を見たの。
おはようの、もとい時間帯的にはこんばんはの挨拶もそこそこに、Aは俺の背中に震えた手を回す。
ま〜くんだったらこんなことされたら付き合ってても真っ赤になって問いただすんだろうな、なんて眠たい頭で考えて、心地良い温もりをぎゅっと抱きしめた。
「A、おはよぉ〜……でもまだ眠いからおやすみ〜」
「やだ、凛月くん、待ってっ」
どんなに眠っても瞼は依然として重く、Aを抱き枕にもうひと眠りしようと決め込んだところを涙交じりのソプラノが引き留める。
背中に回された手にセーターの裾をブレザー越しに握られ、少しだけ首が絞まる。
「ちょっとA、苦しい……ぎゅってされると抱き枕には最適だけど、苦しいから首は絞めないで……」
「あっご、ごめ……っ」
ぱっと身を引いた彼女の頬は薔薇色で、体の中にある何かがぞわりと音を立てる。薔薇。紅。
あぁ、血が欲しい。他でもないAの。
離れていった体温の余韻と恋しさも手伝って、俺の手は自ずと彼女のほうへ伸びてゆく。
離せって言ったのは俺だけどね、なんて自分でも少し呆れながら、折れそうなほどに細い身体をぽすん、と腕の中に収めた。
「……凛月くん、ショコラフェスお疲れ様。すっごい良かった」
「Aも頑張ったねぇ、よしよし。
……ていうかちゃんと食べてる？ただでさえ忙しそうなのにそのうちまたぶっ倒れる気がするんだけど……」
「ふ、瀬名先輩みたいなこと言うね」
「げぇ、セッちゃんに似てるとか言われたくない……あんな小姑みたいなの」
「瀬名先輩、そういう陰口に敏感だから気をつけたほうがいいよ〜」
気をつけなよって言われても、ねえ。
ま〜くんと同じユニットのゆうくんとやらにしか興味ないからネチネチ言われるだけなんじゃないの。まあそれが面倒なわけだが。
ぐちぐちとそんなことを言いながら、先週よりもさらにひどくなった気のする彼女のクマを親指で撫でる。
ちゃんと寝てる？
実は、寝てない。
だよねぇ。
ちゃんと寝なきゃ体壊すでしょ、なんて今更な、俺らしくない忠告。
ごめんなさい、と素直に顔を伏せた彼女は小動物そのもので思わず頭をくしゃりと撫でる。
それに驚き目を瞑ったAは今にも寝てしまいそうで、けれど必死に耐えているように見えた。
普段の彼女なら絶対に見せないであろう隙だらけの仕草と表情に、ふつ、と悪戯心が湧き上がる。
「ねえA、いいこと考えた」
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作者名：雫月 | 作者ホームページ：
作成日時：2018年2月14日 23時
