【０】遠望の風音 [ｶﾉﾝ] ＊Prequel＊

...斗ばかりの夕凪... ページ26

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『──もし俺がこの仕事を辞められたなら、俺は死んだ方が良いのさ』



これが親父の口癖だった。

嘲っている対象が自分なのか世間だったのか知らないが
そういう笑みをこぼして、何とでもない事のように言っていた記憶がある。

いつからか、親父はとっくに諦めていたんだろう。
至って普通の家族のような──所謂、幸せな暮らしというのを。



『母さん、俺はこれから少し危険な依頼を受けに出る。
生きては帰れんかもしれん……少なくともただでは済まないだろう』



親父がああ切り出していたのは、俺が何歳の頃でどの季節の事だったのか
もう鮮明に覚えてはいないが、少なくとも間違いなく随分と幼い時だ。

──でなければ、俺は今頃──。



『そんな……貴方、どうかその依頼を取り止める事は出来ないのですか?』

『はは、一度受けた依頼を取り止めては探偵の名折れだ。やらない訳にはいくまい。
……それに……もしこれで命を落としたのなら、それはそれで良いのだろう』



ショックを受ける母さんに対しても、親父は相変わらず諦めた様子で笑っていた。

だがここまで来てもプライドは一丁前で、母さんや俺の命が脅かされようものなら
その時ばかりは危機感を持って、南の辺境の街に移住する癖に。

……というのも、まだ俺が母さんの腹の中に居た時の出来事だという話だから
真偽の程はわからないが、幼い頃の俺は確かに南の街で過ごしていた記憶がある。



『俺は家族の無事と安静を祈る。その為には、仕事柄
輩に目を付けられやすい筈の俺がのうのうと生きていては矛盾が生じる』



そんな親父の思考回路も、仕事柄によって出来上がっていたのかもしれない。
“探偵”ってのは果てまで来るとこうなるのか。当時の俺は他人事のように思った。



『最後まで愛してやれなくてすまない。……凪斗を守ってくれ』

『……それでも……私は、貴方を愛して止みません』

『ああ、俺もだ。……お前を愛している』



特別、親父に憧れた事は無い。そもそも親の職業に興味などなかった。
俺には俺の趣味ややりたい事があって、それと親父の職とは全く関係のない話だ。

だから将来、自身が父の跡を継いで同じ職に就くだなんて微塵も考えずに居た。
しかし母さんは不安を抱えながらも、仕事に打ち込む親父の姿が好きだったらしい。



『──子供の心配よりも、親父への想いの方が大切なのかよ!』

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