・ ページ29
「本当に」
「どうかしましたか？」
「ほんとうに、祖国から、」
「手を引いてくださいますか」と彼女はぽつりと溢した。ぱぱの迎えを待つ迷子の幼子の様だった。敗戦してもなお天皇陛下とやらに惜しみなく身を捧げる彼女の美しさたるや、何と哀れで愛おしいのだろう。これが以前小龍さんから聞かされた『大和魂』だろうか。
「ええ勿論、Aさん相手に嘘はつきませんよ」
もっとも、貴方の祖国にはどうだか。あからさまに安堵する彼女の柔らかな手を取り、封蝋印の印璽を乗せる。彼女に恋文という名の機密文書を送る時に用いた、八重咲きの薔薇と糠星の様な鱗粉を振り撒く蝶々の封蝋。予め用意しておいたラベンダーが香るキャンドルに火を灯すと、多少精神的な不調が回復したであろう彼女の顔色が先ほどよりも悪くなった。
人間相手に封蝋を施すのは初めてだ。本来ならば亜麻色のシーリングワックスを用いるのだが、封蝋印の印璽を直火で熱していく。軍国主義国家の最高位で指揮を執ってきた彼女の手の甲に、薔薇と蝶が刻まれるのだ。大英帝国首相、Emileの所有印。軽く200度を超える金属を押し付けられた皮膚は直様真っ赤に腫れ上がり、水脹れができて錆びた五寸釘で刺される様な激痛で数日の間彼女を苦しめた後、ケロイド状の火傷跡が一生張り付き続けるだろう。
「え、エーミール、さ」
引き攣った表情が可愛らしいAさんにふんわりと微笑んで、其れを容赦無く肌に押し付けた。鼓膜をつん裂くような甲高い悲鳴が執務室を満たす。動かれては綺麗な模様にならないため、抵抗する彼女を力ずくで抑え込んだ。暫くして彼女が大人しくなったのを好機に、焦げ固まった血液が張り付いた印璽を剥がす。
「思った通りお綺麗ですよ、矢張り貴方の国を敵に回して正解だった」
じゅくじゅくと収縮する傷口に口付ければ、再び短く悲鳴が上がる。元々は同盟関係にあった大日本帝国を敵とし、勝敗の分かりきった世界大戦に巻き込んだのは中々楽しかった。敢えて大きな赤ん坊を野放しにし、好き勝手暴れさせたのも全て計算の範囲内。Aさんに自身の名前を刻んで漸く、私の完璧な計画が完遂されたのだ。
「知っていますかAさん、大英帝国にはこんな諺があるんですよ」
あとがき 誠→←pass through a teapot【三枚舌Hol4】
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 49人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「wrwrd」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
