第一話 ページ1
ああ、頑張ってくれ。
僕は、腹を痛めて脂汗をかき、うめき声をあげる妻の手を握りながら強くそう思った。黙って念じる僕とは違い、妻に絶えず声をかけ、鼓舞し続ける産婆は僕の何倍も、今の妻の支えになっているだろう。
「...頑張れ、櫻子。」
握る手を強めながら、妻に呼びかける。すると、もう体力は擦り減っているだろうに、僕の手を軽く握り返した。
それから数時間後、その家に大きな泣き声が響いた。
「おめでとう、元気な男の子だよ!」
よく通る産婆の声は、未だ現実味が湧いていない僕の耳にもしっかりと届いた。
持ってみろ、と産婆が赤ん坊を僕に差し出してきて、おそるおそる硝子細工にでもふれるように抱えた。
「この子が、僕らの子供なのか…そうだ名前、名前を決めないと。」
「ふふ、流石に早すぎやしませんか?」
気持ちばかりが早る僕に、櫻子は幸せの微笑みを浮かべながら言葉を返した。
「でも、そうですねぇ...A、なんてどうですか?」
「A、A…良い名だな。そうしよう。」
「まぁ、相変わらずの即決ですね」
櫻子がまた少し笑い、それから産まれたばかりの赤ん坊を見た。その小さな胸に手を添えて、
「A、大事な大事な私たちの子。これからよろしくね。」
「ああ、いつまでも健やかに、幸せに過ごしてくれ。僕らはそれをいくらでも支えよう。」
妻の言葉に続けて、僕も祈りと誓いを伝える。
細身な僕の指を握るだけでやっとというような小さな手が、応えるように僕の指をやわく握り返した。
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作者名:ちょぜ | 作成日時:2024年3月10日 22時