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『何度も訪れてすみませんタイラさん。どうしても彼女に伝えておきたいことがあって、呼び出す形になってしまいました』
『構いませんよ。貴方とのバトルは血肉が沸き立つものだった。俺は自分の娘が“ガラル地方最強のチャンピオン”と激戦を繰り広げたことを誇りに思っている。良きトレーナーに巡り会ったなら縁を繋いでおきたい、誰だって思います、俺も貴方の立場だったならそうしたでしょう』
前髪をワックスでオールバックに撫でつけた男は、飄々とした様子で答える。ダンデに物怖じすることも無く、興奮した様子も無く、落ち着いている。尊敬の念も無ければ畏怖の念も無いらしい。だが薄らと、肌に感じる“敵意”。この男はダンデとキバナに、たしかに“敵意”を持っている。それは攻撃的なものではない、ポケモンバトルで例えるなら攻撃技こそ繰り出してなくても[みきり]を発動しこちらの攻撃を警戒しているような、そんな感じ。これは難航しそうだなとキバナは内心ため息をついた。警戒されているのならば、友好関係を築くのは難しい、当然である。それ以上に、この男が有る事無い事騒いでメディアの目に留まる方が問題だ。口論にでも発展しそうになったらすぐダンデを引き摺って帰るつもりで、キバナは二人の会話の続きを聞いていた。
『彼女——アイビーは今年トレーナーとなったのですよね? カントー地方にお住いだとか……カントー地方でジムチャレンジは?』
『いいや? してないですね。俺の出張に付き合わせてばかりだから、住処がカントー地方にあると言っても殆ど別の地方を渡り歩いている状態なんですよ。それにうちの娘は、バトルが好きではない』
『嘘だろ?』
傍観者としていようと黙っていたキバナは、ロイバの言葉に思わず反論した。カメラの映像の中、ポケモンに指示を飛ばしバトルで猛ったあの少女の赤色の瞳はどうみても“バトルを好む者”の目であった。でなければ、あんなに素晴らしい激闘は行えないはずだ。
キバナは混乱していた。娘が“バトルが好き”であったとしても父親が“バトルなどしてはいけない”という思想の持ち主であるなら、娘が“バトル嫌い”と偽るのも納得はいく。だがダンデの話では、アイビーは父親に勧められてあのトーナメントに参加したはずだ。矛盾が生じている。
キバナの指摘に、ロイバは苦笑した。
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作者名:綿雲しぃぷ | 作成日時:2023年6月27日 19時