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「……ジェヘナ地方。知ってる? あまり知られていない地方だけど」

「あの地方か。知っている、旅したことがある。生まれたのは南部か? それとも北部?」

「……生まれは北部。でもすぐに南部に連れていかれて、暫くは南部(そこ)で過ごした」

「北部から南部に行ったなら、窮屈な日々だっただろ。あの地方、北は山に川に海に自然に溢れてるが、南となると急に宗教国家になる。唯一神を崇める宗教——アビス教、だったか——に入信するように言われただろう?」

 アイビーはハイソックスを履き直しながら、店主からの質問に答え続ける。

「いいや、言われなかった。ボクは神様なんて信じていなかったし、信じろとも言われなかった。神様の存在は、今も信じていない」

「南部で入信せずに生きていられたのか?」

 男が意外そうに顔を上げる。アイビーはちょっとだけ顔を逸らし、「ずっと屋敷の中に居て、ボクは社会的には“居ない子”だったから」と理由を述べれば、彼はまた模型に視線を戻す。

「監 禁されていたのか?」

「っ!!」

「足に、古い跡があった。纏足として足の骨を矯正された跡だ。成長する過程で矯正をやめて、普通の足と同じように育ったんだろう」

「……驚いた。キミは靴屋より探偵のほうが向いているんじゃないかい?」

「いいや、ワシは靴しか作れん。だが足から其奴の“道のり(人生)”を知ることは出来る。権力者に、飼われて居たんだろう」

「その質問が靴作りにどう影響してくるのかが分からない。あまりにも“アイビー(ボク)”という人間の内面に深く触れる質問だ。答えることは出来ないし、そんな絵空事に確信を持ったような口ぶりをするキミに不信感すら抱く」

「飼い主は男か。其奴のことを、御前さんは今も恨んでいる。御前さん、足が速いだろう? 跳躍力も高い。どこまでも自由に進みたいと願ったからだ。足は御前さんの自由の象徴だ」

「……」

 アイビーは男の洞察力に黙った。男の推理は当たっていた。恐ろしいまで、的中していた。自分の内面を探られることを、アイビーは良しと思わない。自分の内面を見れば、アイビーという少女は“倫理観が薄く罪を重ねることを躊躇わない”人間であることがバレてしまう。そこから芋づる式にアイビーが過去に犯した犯罪が、バレる可能性がある。アイビーはソファーの上で膝を抱えて、いまだ足の模型を削る男のことをジッと見つめた。

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作者名:綿雲しぃぷ | 作成日時:2023年6月27日 19時

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