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「すまない、そんなつもりでは…」
「………っ…」
自分でも分からなかった。ただぼろぼろと溢れ出て、止められない。そしてまた蘇る言葉。
――…きっと、君に好きだって言われたその子は泣いて喜ぶだろうね。
アホじゃないの、おれ。だって違うもん、今おれ…すっごい苦しいもん。
「…ごめん」
両手をぱっと離し、呆然とするおれの涙を君はゆっくりと拭っていく。そして粗方収まってきた頃、徐に距離が詰められた。
「…僕は君を守りたい。この身を呈し、一生掛けて守りたいよ。そして君が泣いているなら涙を拭おう。笑ってくれるなら、僕に見せて欲しい」
「…………」
「どうか、ずっと君の隣に居させて欲しいな」
照れもせずによく言えるものだ。
真っ直ぐにおれを捉え逸らさない君の瞳。おれはその二つの宝石を見つめながらその場で立ち上がった。
「……藍良?」
「……………」
急に立ったおれにぽかんとする君を、じっと見下ろす。
ヒロくんのそれはさァ…勘違いなんだよ。いつも嫌味言ってたおれの事なんて好きになる訳ないんだから。
それに、仮に本当だったとして。君におれは相応しくないよ。こんな醜くて小汚くて面倒くさい人間、君みたいな純粋で誠実な人には釣り合わない。きっと、おれなんかに『好き』なんて言った事…後悔するから。
「…無理だよ」
おれじゃ君を幸せに出来ない。君の人生は一度きり、おれなんかと一緒じゃ壊れちゃう。
そんなの、おれと君の願った幸せじゃないよ。
「…なに?」
「無理だって言ったの。おれなんかじゃ」
「…何を言っているのか分からないよ」
「……ごめんね。君の事、見てるだけで十分だったよ」
そう。おれに君を愛する資格が無いのなら、ただ見守るだけ。君が、おれじゃないもっと素敵な人と歩んでいくところを…苦しみながら大切に見ているのがおれにはお似合い。
今までだってそうだったから慣れてる。推しは見つめるもの、己の手で壊したくない。
「…………」
「…!待って、藍良!」
いたたまれず踵を返す。走ってやろうと思ったのに、君が咄嗟におれの手首を掴んだから逃げられなかった。
「…僕ではダメ、なのか」
「……違う」
「じゃあどうして――」
「おれじゃダメなの!!」
離してと乞う。君は嫌だと言って離さなかった。
嫌だ、嫌だよ。逃げたい。
「…も、やだ……離、して」
また涙が溢れ、君はびくりと肩を揺らす。やがておれの手を伝いするりと君の手が落ちた。
その瞬間におれは地を蹴り、ごめんと呟く君に背を向けた。
――初めて、君が一度握ったおれの手を離した日だった。
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作者名:冴波せつ | 作成日時:2020年5月4日 12時