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「一彩さん、そんなに考えずとも率直に言えば良いと思いますけど」
「いや、違うんだ。…僕は先程も藍良を困らせてしまったからね。言いたい事は沢山あるけど、上手く伝えられるかどうか…。…だから、言えそうな時に言うよ」
何が言える時に言うだ。その時までお利口さんで待ってろってのか。そういうのって、後になればなるほどガラスのハートには響きやすいんだから!どうせ「似合ってない」ってのをオブラートに包む方法でも模索してるんでしょ。
「…ふんっ、もういい!別にヒロくんの褒め言葉なんか期待してないし。マヨさんとタッツン先輩と鳴上先輩が良いって言ってくれたからもうそれで良いし」
別にわざわざ、よりにもよって君から似合ってないなんて聞きたくないし。
「…難しいよ、伝えるというのは」
「えぇ、難しいです。しかし伝えなければ解りませんな、一彩さん。…きちんとお伝えしてあげて下さいね」
「ウム、遠くない内に今のこの感想は簡潔にしてきっと伝える。だから待っていてほしいよ、藍良」
「…別にもう良いっての。ほら、行かなきゃ」
おれは誰よりも早く手の甲を差し出した。それに三つ分の手が重なり、見計らってマヨさんが言葉を紡ぐ。
「…本日は『エルダーハンド』、意味は先駆者。稀有な巡り合わせにより騎士様との行軍ですが…私達がその先陣を切ってみせましょう。…メジャースート」
「…スペード」
「ハート」
「マイナースート…クローバー」
「ダイヤ」
「突き進め、ALKALOID」
マヨさんとタッツン先輩が振り返り、順々に舞台に照らされた光に飛び込んでいく。おれ達の後を行く『Knights』は向かいの袖で見守っていた。
「…頑張ろうね、ヒロくん」
おれはいつもの感じを取り戻し、手を握りしめる君に向かって笑いかけた。おれはアイドル、ファンの子達に練習して完成した姿を見せなきゃ。
次はおれが出る番。そう意気込んで歩を進めかけたその時。
「…っと…!?」
くんっ、と腕を引っ張られおれは宙で一瞬止まる。その隙に君はおれの耳元に顔を近付け、手で覆いながら囁いた。
「ごめん。可愛い」
それだけを言い切って、おれの背中をとん、と押す。
「……ばっ…!」
文句を言いたくても、踏み出した歩は返せない。
あーあ、どうしよ。最初遅れちゃったじゃん。言い訳考えなきゃなァ…いや、この際ヒロくんのせいだって言っちゃった方が君は気付いてくれるのかな。
…だってずるいじゃん、そんな声震わせないでよ。紛らわしいだろ、アホ。
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作者名:冴波せつ | 作成日時:2020年5月4日 12時