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「…Aちゃん、授業始まるよ？一緒に行こう？……Aちゃん？」
「…鳴海先生は…あたしのこと…ううん、何でもない。何でもないよ、」
あたし、鳴海先生だけは好きだよ。だって、どんな所にいても探してくれるから。
「Aちゃん、アリス学園は楽しい？」
「……楽しく、ない、」
「…そっかあ…じゃあ、アリス学園が嫌い？」
「…嫌い、」
「…自分のアリスも嫌い？」
「……嫌い…じゃないよ、だって……」
だって、大好きなお父さんとお母さんのアリスを受け継いだから。
「あ、れ……？」
いつからだろう。唯一の家族を失って毎日のように顔を泣きはらす夜を過ごしていたと思う。
なんでこんなに近くにいた唯一の家族の記憶がぽっかりなくなってしまっていたのか、それは分からない。
それでも、学園の門の前に立つ家族の姿を思い描いて、描こうとして。
家族の姿などまったく思い出せないことに、気がついてしまった。
「──……う、そ…」
薄く開いた口からはどんな音も洩れなかった。代わりのように空気だけが吸い込まれる。
愕然としたまま慌てて記憶を探る。自分にだって家族はいたのに。お父さんとお母さんが。いたのに、いたはずなのに。
家族を呼ぶ自分の声が、表面をなぞるだけの薄っぺらなものだと自覚する。誰の顔も思い出せない。
思い出らしきものが、一つも残されていない。すべてが真っ白に塗りつぶされていた。まるで、家族なんてはじめから存在してなかったみたいに。
「Aちゃん？」
ぞわりと怖気が込みあげて視界が暗くなって、力が抜けそうになり、鳴海に半ば縋るように抱きついた。頭に鳴海の手が乗って、優しい手つきで何度か撫でられた。
撫でてくれる、抱きしめてくれる、大好きって伝えた分だけ、そばにいてくれる。
それを信じながら、この場所で自分が築いた関係を確認しながら、何度も何度も深呼吸して、自分がここにいると、ほかでもない自分自身に証明する。
こんなこと、考えたらダメだ。大好きだった家族のことをなにも思い出せないなんて、普通じゃないから。
「何でも、ないよ。鳴海先生…」
忘れないと。目を逸らして追い出して、いつもの自分にならないと。今まで大丈夫だったのだから。
家族の事を考えなくても、普通に皆と同じように学園で暮らしていけたのだから。
見ないふりをして、疑問を深い所へ沈めて押さえ込んでしまえば、きっと普段通りに振る舞えるのだから。
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作者名：未来 | 作成日時：2023年11月1日 20時
