弐百捌拾 ページ6
小笠原の姿が完全に消え、気配もわりかし遠くへ去った頃。じっと先程までは彼が立っていた先を見詰め、微動だにしなかった姉妹の片方が口を開いた。
「ねェ、イーディス」
「なぁに、アリス」
「釘、刺されたね」
「刺された。どうしよっか」
「どうしましょう。けど、そうね」
「うん、そうね」
「「今度は私達がお兄様を守りましょ!」」
「ふふ、それが良いわ」
「ええ、そうしましょう」
額を合わせてクスクスと秘事をそっと語るように笑い合う。事実、これは秘事だ。なんせ兄から命じられているのは全く別の事。
だから、これは内緒の相談。双子の道化を被って従順な“はんこう”をする、とても愉しくて恐ろしい計画の話。
「おい! アリス、イーディス!」
倉庫街から届く、僅かに焦りを含んだ声。耳に馴染んだ青年の声に振り向けば、機嫌の悪そうな表情をした中原の姿。
「ッたく、勝手に遊びに行くなッて何時も云ってンだろ」
「ごめんなさい、中也兄様」
「中也兄様、怒ってる?」
「怒ってない、けど心配した。幾らマフィアの縄張りとは云え、人攫いは何処にでも居る。手前等だって分かってんだろ?」
「……うん」
「分かってる」
「なら良い。どうする、まだ此処に居るか?」
「ううん、戻るわ」
「中也兄様だって本調子からほぼ遠いもの」
「時間まで戻って休みましょ?」
先日の汚濁の使用により、主に内臓に損傷を受けている中原。表面上は普段と遜色ない動きを見せるが、ふとした時に痛むのか、顔を歪めていた。調子が良くないのは明らかで鼻が良い者なら血の香りに気付くだろう。
異能を使った後の中原から目を離すな、と云われたのを姉妹は何年経っても覚えている。だから嘗ての彼の様に中原の手を取り、休息へ誘う。
姉妹が其々中原の手を取って早く、と笑う。その顔がどうも夏也を思い起こさせて。
――蓄積ダメージがあるんだから、大人しくしとけよ、莫迦。
そんな幻聴が聞こえてきそうだ。実際には聞こえたと思った瞬間に蹴り飛ばされ、問答無用で寝台行きにされていたのだが。
「……本当、手前等は夏也が好きだな」
「中也兄様と」
「治兄様には」
「「云われたくない!」」
子供らしく言い放った姉妹は中原の手を引いて踊る様に走り出す。そんな二人に仕方無いな、と小さく笑い、軽々と姉妹を抱き上げて中原は微笑んだ。
それはとても穏やかな時間。
――白鯨の墜落まで残り、一時間。
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みゃあ(プロフ) - 狐猫音。さん» 度々のコメントありがとうございます!少しでも楽しんで頂けたのなら作者冥利に尽きます。お言葉の一つ一つが物凄く嬉しいです。読んで頂き、ありがとうございます。 (2018年12月26日 14時) (レス) id: 9721615f06 (このIDを非表示/違反報告)
狐猫音。(プロフ) - 限定公開……!クリスマスは楽しいですね。番外編という最高のクリスマスプレゼントをありがとうございます。とても楽しんで読むことができました。これからも更新頑張ってください。 (2018年12月26日 12時) (レス) id: 1402817ddd (このIDを非表示/違反報告)
みゃあ(プロフ) - myuさん» 有り難いお言葉です……!展開に自信なかったので少し安心しました!更新頑張ります。 (2018年11月4日 11時) (レス) id: 9721615f06 (このIDを非表示/違反報告)
myu - とっても面白い作品です。更新頑張ってください (2018年11月3日 16時) (レス) id: fe06e07095 (このIDを非表示/違反報告)
みゃあ(プロフ) - ЯRさん» コメントありがとございます!そう言って頂けてとても嬉しいです。ありがとうございます! (2018年8月8日 15時) (レス) id: 9721615f06 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:みゃあ | 作成日時:2018年4月30日 21時