【文豪ストレイドッグス】死期折々の華が咲く 七

参百伍 ページ32

仕事帰りの勤め人やほんのり酒の匂いのする大学生、夜遊びに繰り出す若者らが賑わう夜のヨコハマ。人工的な光と音、街を歩く人々の声。

機嫌が悪ければ、喧しいやら馬鹿みたいなんて俯きがちに。その逆ならば程良い喧騒に身を委ね、一杯やってこうかな、ぐらいには思うのだろうか。

そんな詮無き事を考えながら彼は不安定な足取りでマンションの廊下を進んでいた。両手に持つビニール袋の音だけが響き、歩く彼からは足音も呼吸音もしない。等間隔に設置された室内灯がぼんやりと廊下を照らす。薄暗い空間、人の気配はない。

このマンションは海際に建てられてはいるが、繁華街からは遠く離れた所にある。駅やバス停からも絶妙な距離があるせいか勤め人や学生向きとはお世話にも言い難い。景観もセキュリティも文句無しの割に閑散としてるのはその所為だ。お陰でフロア丸々買い取ったように静かなのは自分にとって有り難いのだが。

上階に繋がる階段にある監視カメラを横目にし、彼は目的の部屋の前に立つ。何処にでもある只の黒い扉。カードキーではなく普通の鍵。普段使いしないそれを手中で遊ばせ、錠をじっと観察する。鈍く光る鍵穴に傷が無いか、少しでも前と違う所が無いかを確認し、漸く解錠した。

深呼吸一つ。

両手の袋はしっかり持ち直して。

凡そ半年振りに足を踏み入れ――同時に身体を前に投げ出す。耳元を掠めた風切りは無視、そのまま靴箱の裏に手を伸ばし、記憶と感覚を頼りに殴りつけた。

ふぅ、と音もなく安堵の溜息を吐き、手にしていた荷物を何も無い靴箱の上に置く。僅かに片耳がじんわり痛むのに顔を軽く顰めた。

……この部屋には幾つか罠がある。他ならぬ彼自身が今よりも幼い頃から絶やす事なく更新し続けて来た対侵入者用。“対”とは名ばかりで、その実侵入者を無差別に殺すものだ。

扉を開け、少しでも足を入れればセンサーが反応し一手目のボーガン。今の所これで仕舞であり、その他は日の目を見る事なく殺傷性だけが高くなっているのだが。

尚、この罠に例外は存在しない。正式に鍵を使おうが、違法に侵入しようがお構いなしに矢は飛んでくる。設計者たる自分は当然避けられる。自身の為にもなるので例外を設ける気は端から無かった。そして同居人も同様だ。数秒先の未来が分かる同居人にとっては危険度へは低いので心置きなく設営出来たのだ。


(……ここは二人暮しの為の部屋“だった”から。誰にも入って欲しく無かった。……なんて子供じみた独占欲)

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