弐百玖拾肆 ページ21
暗いな、と最初に思ったのはこれだった。
視覚情報を皮切りに次々と感覚が得た情報が伝達されてくる。冷たい、とかなんとはなしに重い、とか。
自分が何処に居るのか分からなくなる、そんな考えまでもふと過ぎった。
普段から重力なんて無視して縦横無尽に駆け回っているのに、目に映る景色が変わっただけで上下左右の平衡感覚がおかしくなるそうになる。
(笑えねェ……)
戦闘区域が海上になる可能性があるにも関わらず、この有様。何故水中を想定した戦闘訓練を組み込んでなかったのかと今更気付くが、今はそれどころではない。
薄暮の取り締まる時間へと近付く地表とは裏腹に宵闇の色を見せる海中。異能を駆使し、呼吸を保ちながら前へ、そして下へと中原は泳いでいた。
急ぎ且つ慎重に進むに連れ、流れてきたのであろう白鯨の部品を避けながらじっと不明瞭な視界を凝らす。水の動きがおかしな所を探れば海には無いはずの色が目に入った。
ゆらりゆらりと空へ昇っていく血煙。
頼りなく、掠れながらも細く長く揺れる紅の先を辿る。
紅の正体が何かなど、中原には分かっていた。水中ゆえ鼻は利かないが、見慣れたものだ。傷口を水に晒していると出血が酷くなると聞いた覚えがある。それが塩水でも同じなのかは中原は興味がないけれど。
もし海でも同様の理屈が通ずるならば、己がすべきは血を流し続ける彼の救出だ。それが目的なのだから。
けれど、中原は時が止まったかのように動けなかった。否、目の前の光景に釘付けにされたと云うべきか。
ふわふわと溶けていく赤。
それだけでどこか幻想的な一枚となること必須。しかし、中原が止まる理由には弱い。
ゆっくり死に向かいながら、幸せそうな表情で笑っていた。
痛みも息苦しさも微塵も感じられない、安らかな顔で。
血は昇っていく。
――けれど当人は沈んでいく。
綺麗だと何の衒いも無しに思った。深みを増すほど濃くなる青色も、たなびく赤色も全部誂えたように収まってしまう。惰性で伸ばされているその指の先でさえ、計算されたかと疑うぐらい調和が取れていた。
うっとりと笑みを刻む口元は見える。当然ながら呼吸はしてない。けれども闇に、海に隠されてしまい他の部位は分からない。それすら美しさを上長させている気がして。
ああ、と。
きっと夏也が、Aが死ぬ時はこうして静かに消えていくんだな、と。
――――……ゴポッ、と慣れぬ音を捉えた瞬間、時間が急速に進み出した気がした。
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みゃあ(プロフ) - 狐猫音。さん» 度々のコメントありがとうございます!少しでも楽しんで頂けたのなら作者冥利に尽きます。お言葉の一つ一つが物凄く嬉しいです。読んで頂き、ありがとうございます。 (2018年12月26日 14時) (レス) id: 9721615f06 (このIDを非表示/違反報告)
狐猫音。(プロフ) - 限定公開……!クリスマスは楽しいですね。番外編という最高のクリスマスプレゼントをありがとうございます。とても楽しんで読むことができました。これからも更新頑張ってください。 (2018年12月26日 12時) (レス) id: 1402817ddd (このIDを非表示/違反報告)
みゃあ(プロフ) - myuさん» 有り難いお言葉です……!展開に自信なかったので少し安心しました!更新頑張ります。 (2018年11月4日 11時) (レス) id: 9721615f06 (このIDを非表示/違反報告)
myu - とっても面白い作品です。更新頑張ってください (2018年11月3日 16時) (レス) id: fe06e07095 (このIDを非表示/違反報告)
みゃあ(プロフ) - ЯRさん» コメントありがとございます!そう言って頂けてとても嬉しいです。ありがとうございます! (2018年8月8日 15時) (レス) id: 9721615f06 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:みゃあ | 作成日時:2018年4月30日 21時