獄都商人 (ページ34)

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さんじゅういちページ34

残りふたつ。
私がここにいる間に訪ねなければならない取引先の数だ。
獄都に最初に来た時には、たった一つや二つだった取引先が、噂が広がり、回を重ねる事に一つ、また一つと増えていくのは、何か込み上げるものがあった。
こんな風に、1軒ずつ減っていくのを見ると、誰も私を認識していなかった頃に戻るようで、なんだか少し寂しい気がしないでもないが、まあ、仕方がない。それより、こんなにたくさんの人が私のことを覚えていてくれたことに達成感を持とうではないか。
いずれにせよ、あと2件。2件を済ませて、肋角さんに話をして、ここを去らねば。

と、意気込んで羽織を着込む。少しだけ腹が減っているが、まあ大丈夫だろうと思ったところで扉の方からノックの音が聞こえてきた。

…いや、ノックというか、扉を蹴破る3秒前みたいな音が聞こえてきた。
どごぉ！
みたいな。

念の為、扉から3メートルほど距離をとって｢どうぞ…｣というと、
どがぁん！

と音を立てて、かつて扉だった木の板が私の前髪を掠めてこちらに吹っ飛び、ぱたん…と力尽きたように地面に倒れ込んだ。

｢ほ？｣
｢おい馬鹿、何ドア壊してんだよ。俺まで肋角さんに怒られんだろ｣
｢おー。ごめん田噛！あと肋角さん｣

｢…随分とご挨拶ですね朝っぱらから…。何の用ですか？｣

そいつに謝る前にまず私に謝れと叫びたいのをこらえ、私は入ってきた平腹と田噛を恨みの籠った目で見る。
直すのは私なんだよ！

｢そうだ。ほい、代々木！これ、お前のだろ？｣

謝罪の言葉はやっぱり無いままに、平腹が差し出したそれは、小さな銀のナイフだった。

｢あーーーーーーっ！これ！ずっと無くしたと思ってたのに！平腹さんが持ってたんですか？｣

少し前に、吸血鬼がいるという地域に行かなければならないことがあって、その時に人魚のお得意様が自らの鱗を砕いて柄と鞘につけてくださった、世界にふたつと無い超超超大事な物である。
別に私は吸血鬼に血を吸われても大丈夫なので、いらないといえば要らないのだが、その頃まだ知り合いが少なかった私に、その人が目をかけてくれたのが、非常に嬉しかったのだ。

｢いやー、ごめんな！返しそびれちゃって｣
｢まったくもう！｣

ぱっとナイフを取ろうとして、ふと気がつく。

これは今の私に本当に必要なものなのだろうか？

背中が冷水がかかったように冷たくなった。

｢どうした、代々木。いらないのかよ。｣

田噛がだるそうに言う。