獄都商人 (ページ28)

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にじゅうななページ28

｢あれ｣
涼しげな着物の裾をはためかせながら走る後ろ姿に、何となく見覚えがあったような気がしたのだが、その人はすぐにその場から去ってしまったため、私は声を掛けることも思い出すことも出来なかった。

｢まあ、どうでもいいか。｣

背中の籠を背負い直す。今日は髪を整髪料でしっかり固めて結ってきたので、少々頭が重い。これだから、潔癖なひとは。誰にも聞こえないような小さなため息をひとつついて歩き出す。

ここは私のお得意様の1人である、箕輪屋様のご自宅の前だ。この館の主、2代目箕輪屋吉兵衛様は、毎年季節の変わり目に、嫁や愛妾に加賀友禅の最高級の着物を送るのである。

私は以前、この近くに住んでいた加賀の仕立て屋と箕輪屋の渡りをつけたのだが、その仕立て屋夫婦が一身上の都合により、里に帰ってしまったのだ。

それから、私がこちらで採寸をし、きゃめらで彼女らの写真を撮り、加賀の仕立て屋に渡す、(そして私が手数料を頂く)という方法をとっている。仕立て屋は、実際に見て見ないと肌の色に合う布が選べないと言ったのだが、私が佐疫から教わったよい写真の撮り方と見方を教え、伝えると、渋々ながら了承した。
彼の兄である1代目はともかく、2代目はまだ大して目も肥えていない。妻や妾もまた然りだ。仕立て屋が職業柄譲りたくないのはわかるが、写真ではわからない微妙な色の違いなど、ただの旅籠屋でしかない2代目に、わかるわけもない。どうせ遠くに住んでいて、獄都の評判など気にする必要のない仕立て屋は、こんなことで悩まなくていいと思う。

こんなことは口が裂けても言えないが、2代目吉兵衛は顔がいいだけのぼんくらである。正直私もどうでもいいと思っている。旅籠屋である家の管理の殆どを隠居しているはずの1代目夫婦に任せ、自分は3人の妾を囲っている。以前、私に朱鷺色の布団を注文してきた時は、私は布団屋じゃないという主張と、そんなものを若い女性の姿をした私に頼むんじゃないという怒りを、一緒に飲み込んだ覚えがある。仕事をしていない訳では無いが、主人としてでは無い。相変わらず、主人の弟という意識が彼には残っている。

1代目が家督を譲ったのは、性急であったと私はまだ考えている。