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酒は涙の一部 ページ31

「最近よく飲むな。」

「飲まなきゃやってらんないってこのことなんだろうなって最近思ってます。」

「早いよ」

ぼーっと顔を合わせるでもなくウーロンハイに口をつけ、明日の診察のことを考える。

明日は39週の妊婦さん、高血圧が気になる妊婦さん。

あとは__

「明日は遅番ですか」

「残念ながら早番だ」

「え、わざわざ付き合わせちゃってすいません、」

「今に始まったことじゃないしな、」

ヘラヘラっと笑ってグラスの中の氷を回す先生は何か考えていそうだった。


「八時上がりですか。
もしそうなら明日一緒に来て欲しいところがあるんです。」

「?」

「この島のあの病院がどれだけたくさんの人を治してきたか、反対にどれだけ寂しい子供達を生んできたか、よくわかる場所です。」


先生はゴクリと喉を鳴らすと、私の言わんとすることを読み取ろうとしっかり表情を見てきた。


「...そんなひどいところに連れて行こうって話じゃないですよ、知っておいて欲しい話があるだけです、
先生だけじゃなくて、研修医の子とか、そういう子達にも知ってもらいたくて。」

「そうか。」

コトン...と静かにグラスが置かれて、一呼吸分の間が空いた。

静かに息を吸うと、今まで疑問に思っていたことを口にした。


「先生って。
どうして先生になろうって思ったんですか。」

「なんでだったかなぁ...」

「脳みそ老朽化ですか」

「あんま調子乗ってると伝票と一緒においてくぞ」

「鬼畜ですなぁ...






...私実は初めて声を聞いた人荻島先生だったんですよ。」


「は?」


カラン、と氷の音が響いて店内がシン、とする。

「今の若い子達だったら、“やれ運命だ”とか“やれ奇跡だ”とかいうんでしょうけど私はそんなのどうでもいいんです、

ただはっきり覚えているのが、若かりし頃の先生が聴力のリハビリに向かう私に声をかけてくれたことですね。
それまで私に声をかけてくれる人なんて施設の人しかいませんでしたから。

それで思ったわけですよ。

“医者になりたい”って。


ただ産声が聞こえる。

ただ医者の言っていることがわかる。

ただ病院内でされている会話が耳に入る。

それだけで医者になりたくなったんですから。


最初はなんて言ってるか分からなくて。

首を傾げたら先生はメモに書いてくれたんですよ、

“頑張ったな”って。

私はそれまで隠久ノ島病院の小児科にかかっていたので全くみたことのない人がいきなり話しかけてきて恐怖でしたけど。」

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作者名:長官 | 作成日時:2020年5月3日 17時

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