episode350 Side S ページ10
「アメリカ、スペイン、ロシア。一次グループリーグのどのチームも、試合に向けて精度を上げてきているね」
「ええ。中でもロシアは読めません、どんな対策を取っておくべきなのか」
Aが見抜いたロシア代表の新たな疑惑も含めて、全く読めそうになかった現状が更に混線してしまっている。
どうしようもない。
そう分かっていても、これ以上誰も傷付けないと野坂さんが決めたのなら、自分はそれを支えるだけだ。
ただでさえ少ない、もう僅かな動きさえ覚え切れてしまう程見続けた試合データの中。
僅かな隙を探ろうと、足掻くように目を凝らし続けている。今の俺には、そうすることしか出来ない。
「ま、これみたいなものかもね＿＿オシポシマク、ギョペディヤ、オレシュ、クストゥブイ、ベレシュ。全てが違う料理だ。でも最早、買ってきた僕にも、どれがどれだか分からない」
先程野坂さんが山のように抱えてきた箱の中身は、どれも見覚えのないお菓子ばかりだ。
優れた目のせいで、データに見飽きるのが誰よりも早かったのだろう。
隣で退屈そうにしていたAの表情が、箱の中身を覗くなり、少し安らいだように見えた。
野坂さんはそれにすぐ気付いて、にこりと笑って続ける。
「蓋を開けてみないと、分かりようのないこともある。いかに臨機応変に対応できるかが、これまでより重要になってくるね」
「いや……何も上手くないよ。蓋を開けても、分かっていないじゃないか」
ああ、またいつもの＿＿おやつの時間、ということだろう。
観念して、長時間睨み付けていたタブレットからようやく目を離す。
じんわりと疲れが尾を引く両目を少しだけ押さえてから、軽く伸びをした。
「Aは、どれがどれか分かる？」
「ロシアの血が混じっていると言ったって、文化に詳しい訳じゃない……何、今から調べろってこと？」
「ううん。美味しく食べちゃえば、全部一緒だから大丈夫」
ずい、と沢山の箱が俺の目の前に運ばれる。
これだけ食べたら、カロリーの消費にはどれだけのトレーニングを上乗せすればいいんだろうか。
軽く計算をして、喉の奥で溜息を殺しながら＿＿今日のスケジュールを頭の中で組み直す。
「だから、ほら。地元の名物は、食べておかないとね」
「……はい」
「えっ……ねぇ待って、悠馬。まさかその量、全部西蔭さんに食べさせるつもりじゃないだろうね…？」
これは、少し不器用なこの人なりの愛情表現だ。
……そう。微塵も悪意はない、のだ。
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作者名：三峰 契 | 作成日時：2022年3月31日 19時
