episode351 ページ11
「……毎回毎回、よく平らげますね」
「……野坂さんが、喜んでくれるからな」
すっかり空になった食べ物の箱を、にこにこと満足げに片付けに行った悠馬を、思わず忌々しく睨んで見送ってからのこと。
横で暇潰しのつもりでカロリー計算をしていた私と、その分を何とか消費しようと青白い顔のままトレーニングメニューを組み直す西蔭さん。
「すまない。野坂さんが戻るまで少し、休ませてくれ……」
ベンチの背もたれにべったりと頼りきりの体勢のまま、力なくそう呟いた。
……食べ慣れない味ばかりだったし、余計にダメージが来ているのかも知れない。
「一度でも拒んでしまえば、あいつも二度とこんな風に無理に食べ物を押し付けて来たりはしないと思いますよ」
フィールドではあれだけの指揮をこなすのに、フィールドから離れた途端、察しが悪くなる奴。
そうは言っても、西蔭さんから“嫌だ”と言われたら、それを執拗に繰り返したりはしないと思う。
悪ふざけはしても、踏み越えてはならないラインの見極めが出来ない程の馬鹿ではないと信じてやっては、いるつもり。
ぶらぶらと手元で遊ばせていた、とうに空っぽになったペットボトルを軽く放り投げれば、放物線を描きながらゴミ箱に吸い込まれていった。
中途半端に遠いところで、音が立つ。
がらん。
「……野坂さんにとっては、その一度の否定も耐え難いものになる」
沈黙の余韻に、西蔭さんの重い溜息が緩く混ざる。
その時、私の頭でも何かが崩れるように、がらん。
「……へぇ。それを見越してのことだったんだ。てっきり、ただ盲目に言うことを聞いていただけかと」
「失礼だな」
悠馬はアレスプログラムの実験体として引き取られる前、ネグレクトに遭っていた。
西蔭さんはそのことから、昔を想起させてしまわないようにと、拒否をするという反応を避けて通ろうとしているのだろう。
(自分が不利益を被ってでも、あいつを守ろう＿＿ってことか)
「だからといって、身体を壊したら元も子もないんじゃないですか」
「俺も動きに害の出ない範囲で収めているし、野坂さんも普段は加減してくれるんだが」
膨れた腹部を擦りながら、複雑そうに、それでいてほんの少しだけ柔らかく口元を緩めて。
「恐らく世界大会が近付いて、あの人も舞い上がっているんだろうな」
「そう思うと、少し可愛げが……いや、ない。普通に、迷惑」
＿＿ああ、呆れた。
でも、悠馬には西蔭さん、西蔭さんには悠馬しかいないのだろう……
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作者名：三峰 契 | 作成日時：2022年3月31日 19時
