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水中にいるような感覚から、次第に意識が浮上する。視界いっぱいに広がるのはどす黒い雲。叩きつけるような雨が、身体を濡らしている。
「――大丈夫ですか!?」
大きな声で呼びかけられ、びくりと身体が跳ねた。声のほうに目をやると、見知らぬサラリーマンが、心配そうに私の顔を覗き込んでいた。その他にも数名、不安げな表情でこちらの様子を伺っている。
どうやら、無事人間界――と彼らは呼んでいた――に戻ってこられたらしい。
「あなた、トラックにはねられたんですよ。こんなところまで吹っ飛ばされて……あっ、動いちゃ駄目ですよ血が――あれ?」
サラリーマンは訝しげな表情を浮かべた。辺りをきょろきょろと見回したあと、もう一度私を見る。
「さっきまで確かに血が……あの、お怪我は?」
そう聞かれて、私は自身の身体が無傷であることに気付いた。――トラックにはねられたにもかかわらず。
「……あ、えっと、大丈夫みたいです」
上体を起こし、はは、と下手な笑いをこぼした私に、サラリーマンは信じられないものを見る目を向けた。
今さらながら、しまった、と思う。大型トラックに引かれて数メートル吹き飛ばされた人間は、こんなふうに起き上がったりしない。
「……でも、念のため、病院に行ったほうが」
「そ、そうですよね」
早くここから立ち去らなければ、でもどうやって、と内心慌てふためいていると、ふいに私の肩に黒いジャケットがかけられた。
「俺が連れて行きます」
――その声に聞き覚えがあった。
ハッとして見上げると、先程とは打って変わってグレーのTシャツを着た剣城がいた。彼「お願いします」と言うサラリーマンに頷き、私の手を引いてその場を立ち去った。
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作者名:春間 | 作者ホームページ:https://twitter.com/April_hrm
作成日時:2022年9月11日 15時