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「A、起きて！」
「ぉあッ！？」
陸に打ち上げられたマグロのように身体が跳ねた。視界の端には天馬。カーテンから透ける朝日を受けて、彼の髪がきらきらしている様はいかにも天使と言ったところだが。
「……寝室には入らない約束じゃなかった？」
目をこすりながら言うと、天馬はしまった、というふうに目を見開いた。普段なら天馬が寝室に入る前に剣城が注意するはずだが、剣城は昨日の夜から仕事だ。
「そうだった……！ ごめんね」
慌ててリビングに駆けていく天馬を見送り、ベッドから出る。天馬には失礼だが、犬に起こされる飼い主の気分はこういうものだろうか。
瞬間移動――彼ら曰く天使、あるいは悪魔の羽での移動――は全力で拒否した。彼らと住み始めた頃は便利だと思い、最寄り駅や近くのスーパーまで送ってもらっていたが、使っているうちに浮遊感が酷く、内臓がかき乱されるような感覚に陥ったので、最近は素直に歩いている。人間が二本足で歩く理由がやっとわかった。
「今日はどこに行くの？」
「稲妻総合病院だよ」
「じゃあ、電車で行こう」
「俺、乗ったことないや。どうやって乗るの？」
休日の電車は人が少なかった。少し早い時間だから、というのもあるだろう。私と天馬は並んで座り、しばらく電車に揺られた。
窓から見える景色が珍しいのか、天馬はずっと窓の外へ目を向けていた。
「すごい……！ みんな通り過ぎていくよ」
「天国に電車はないの？」
「天使の羽が一番速い移動手段だから、必要ないんだ。人間は羽が無いから、電車を作り出したんだね」
天馬の目が細められる。
彼は時折、子どもを見守る母親のような表情で人間を見た。天使には慈愛の心が備え付けられている。
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作者名：春間 | 作者ホームページ：https://twitter.com/April_hrm
作成日時：2022年9月11日 15時
