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いつもなら家に帰ると直ぐに慌ただしく足音立てて階段を上がっていたが、今は一段一段踏みしめるように登っている。二階の廊下の突き当たりにある彼女の部屋は、西日が当たるし夏は暑くて冬は寒いという、最悪な物件だ。
部屋に入って鞄を肩から落とし、制服を脱いでハンガーにかける。特に意識せずとも行われるいつもの手順。
しかしクローゼットを開けて直ぐ目に付いたのは、少し小さめの好きな洋服屋のクリーム色した紙袋で。
紙袋の中には、黄土色を薄めたような、そんなブラウンのマフラーが丁寧に折り畳まれて入っていた。スン、と鼻先まで近づけて匂いを嗅ぐも、特に何も臭わない。
まだほんの少しでも残る彼の匂いを探して、彼女はマフラーを胸に抱きしめる。だが、この行為は余計に虚しくなるだけであり、それでもAは未だ燻るように消えない、彼の面影を探していた。
このマフラーは、高杉がクリスマスに自分の持っていた袋から取り出し、彼女の首へ巻いた物だ。
その時の彼の顔が近すぎて、ドキドキと胸が大きく跳ねたのを覚えている。Aがバレないように彼の匂いを嗅ごうとしたのは、墓場まで持っていく秘密だった。
『寒いな』
彼が吐いた白い息は風が攫って直ぐに消えた。
その時、Aは気づいたのである。彼は、自分が手の届くような男ではないことに。
だから持っていた彼へのクリスマスプレゼントは渡さずに背中へ隠した。後日捨てる勇気もなく、今もクローゼットの奥にポツンと所在なげに置いてある。
そうだ、マフラーを返すついでにこれも押し付けてしまおう。親指と人差し指で、見慣れない男性ブランドのロゴマークが印字されている黒い紙袋を掴んだ彼女は、忘れないようにするために机の上に乗せた。
その横に、マフラーを入れた紙袋を並べる。
ようやく、Aは高杉と自然消滅してしまった理由が分かった気がした。
素直じゃないのも、何もせずに流されていたのも原因だが、一番は勇気がなかったからで。
もし私が、学校で一番美人なあの子だったら。もし私が、背が低くて小動物のようなあの子みたいに甘えることができていれば。今も高杉くんの隣を、堂々と歩けていたのだろうか。
そんな「たら」「れば」の話ばかり出してしまうところも、原因の一つだったのかもしれないとAは悟る。
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作者名：瑠璃鶲 x他5人 | 作成日時：2018年4月2日 9時
