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あの後、しのぶ様は俺を咎める事も諌める事もせず、少し困った様な顔をした。唇を硬く閉じて、深深と礼をすると俺は道場を後にした。道場の扉を出ると足音を立てない様に厠へ走る走る。確りと誰もいない事を確認すれば溜め込んだ空気を吐き出す様に、喀血した。喉奥にへばりつく粘液を全て洗い流すと、幾らか楽になった。ここ最近、よく血を吐いた。しのぶ様は心配そうに俺を見たけれど、あのお方の前で血を吐く訳にも行くまい。何より、俺は一番あのお方に知られたくないのだ。生来の病に斃れそうなどと。俺は拾われの身とはいえ、最終選別も通った本物の鬼殺隊士だ。鬼に殺られてではなく、己の病弱故に死ぬなどとはどうにも愚かしい。廿を迎える迄には死に、拾捌の頃には病床に臥せる。俺はそういう風に生きてきたから、今更悲しいことはない。然し、しのぶ様に逢えなくなるのは嫌だった。家族を皆喪い、孤児になりかけていた俺を拾ってくれたあのお方を烏滸がましいとは感じつつも護りたいと思った。この残り僅かの俺の生命の意味は、この人がいいと思った。拾われたからじゃない、命を助けられたからじゃない。俺の全てを捧げてでもこの人の為に生きてみたいと思ったからだ。首尾貫徹して、部を弁えられない人間だとは思うがそう感じてしまったものは仕方ない。どうせ死ぬなら、この人を庇って死にたい。鬼にされそうなら、この人の剣で討たれたい。どれだけ苦しんでも良い、傍に、ただ俺は。幸せなんか、要らない。
くそったれ。拙い、拙い拙い拙い。血を入れられた。気色が悪い。俺の身体の中で幾数もの百足が這い回っている様で、それでいて本当に神経が炙られて焼き切られているかの痛みが全身を襲う。鬼に為る。嗚呼、あぁ、しのぶ様。俺を殺してください、貴女の手で逝きたい。家族と同じ場所に行けなくてもいい、奈落に落ちたって構わない、はやく、はやく。貴女のやさしい毒で、一思いに斬ってしまってくれ。幸せでした、ほんとう幸せでした。それが僥倖だとしても、いつも充たされていました。俺には身に余る幸甚でした。有難う御座いました、あの時終わっていても可笑しくなかった俺を、助けてくれて、義理も無いのに世話を焼いてくれて。不孝者で忝ない、許さないで居てくれ。貴女の翅に導かれて、逝きたい。広く美しいあの空を見たい。どんなに奇麗な翅が無くたって、貴女は、
(ここには戻ってくるな、お前の望んだものは何一つないからと谺響する声に旧懐さを覚えていた)
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作者名:con x他1人 | 作成日時:2020年1月30日 17時