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僂指 (時透無一郎) ページ4

彼の事は今迄ずっと、無愛想な男の子だと思っていた。彼のこんな一面、思ってもみなかったから、目を見開いた私の驚いた表情はどんなに滑稽だったろうか。歪に、悲愴を克明に刻んだ顔、顰められた奇麗な眉は今にも叫び出しそうな程に寂寥を語っていた。慄える手が伸ばされて、私の名を逡巡の間に呼んだ。灰になる前に、貴方の事を全て思い出してしまえたら、きっと私なんかは消えるのが恐くなってしまうね。

津々と雪が降るだだっ広い、雪原の中にぽつんと立っていた。ああ、私、無一郎、貴方と家族みたいなものだったの。有一郎と三人で一緒にいた日々は悲しくなるほど幸せだった、私はあの毎日が続くと信じて疑わなかった。貴方には何でもあった。だって、無限の無だから。私、それが恨めしくって恥ずかしくって、許せなかった。穢らしいそんな嫉妬なんて貴方は取り合いもしないだろうけど、格好の悪い人間だった。死ぬのが酷く恐ろしくって泣きたくって、目の前に空いた洞に飲み込まれて消えてしまうのが嫌だった。こわい、非道い。貴方とまだ居たかった、こんなの心底軽蔑して怨まれる事だけど虚無になる勇気はなかった。貴方だって、まるっきり無になれなかったのと同じ様に。それに優る罪は無い、禁忌だと、解っていたのに。度し難い、何よりも度し難い筈なのに、私はどこか安堵していた。

無一郎の小さく細い指先が痙攣を伴いつつ、私の未だ残っている頬に触れた。奇麗な瞳はぐちゃぐちゃになってゆらゆらとぐらついている。そんな顔させたかった訳じゃないのに、私まで貴方を置いていってしまうね。私を許さないで欲しいのだけれど、あの日々を思い出した事を不思議と後悔はしていなかった。無一郎、貴方、今悔しいでしょう。渇望した物が全部自分の指の隙間から零れ落ちていくの、居た堪れないでしょう。自分が愛されたい人だけに猫みたいに頬擦りして、想い焦がれて単調な毎日に居たかったでしょう。私も同じだったよ。貴方と、有一郎と居るだけで幸せだった。これ以上無いくらい心地好い時間だった。でもそれと同じくらいに苦しかった。私達どうにも不器用で仕方ないから、檻から放された途端に上手く飛べなくって本当に似てる。こんな風に死ぬなんて考えた事も無かった。馬鹿な私は虚無に還るけれど、出来る事なら有一郎の隣りで眠りたい。なんて、我儘言って困らせたいだけなの。

(なに物にもなに者にも成れず仕舞いで、いつまで瞼の裏の君の影を追えばあの頃に戻れるんだろう)

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作者名:con x他1人 | 作成日時:2020年1月30日 17時

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