幻想小噺

6瓶目 12分の1 ページ9

……こほん、それでは
お茶でも飲みながら
聞いてくださいまし。
……はぁ、時間の流れとは早いものですね。
2019年が既にやって来ましたが、
お客様は抱負を決めたりされたのでしょうか。
ちなみにわたくしは｢誠心誠意｣でございます。
最近は客もちらほら増えてきましたので、
店の人気の上にあぐらをかかず
誠意を持ってお客様を支えたいものですね。
……そうそう、話は変わりますが、
あなたは今年何どしか分かりますでしょうか。
ええそうです、猪年になりましたね。
さて、今から致しますのは、
2018年大晦日のお話にございます。
ハッピーニューイヤーと騒ぐ世間の裏で、
こんな苦しみを抱えていた方もいたのですよ。

大晦日の晩、恋人の居ないわたくしは例の如く
一人で年越しそばを頂いておりました。
店も一応開いてはいたのですが、
皆様残りの一日を謳歌するのに夢中らしく
客は一人も来ていなかったんです。
わたくしは油断していました。
今日は誰も来ないと解釈して
すっかり気を抜いていた為に、
お客様の来訪を告げるベルが鳴った時は思わず
立ち上がると同時に
そばの入ったどんぶりを持ち上げました。
……わたくしだって生き物です、
気が動転することもありますよ。
どんぶりを持ち上げていたことに気付き
それを急いでテーブルに置いてから、
わたくしはお客様のいるドアの方を見ました。
……ああ、あの驚きをどう表現すればいいか！
そこにいた"お客様"はなんと猪だったのです！

まぁお茶でも、と紅茶のカップを差し出すと、
猪のお客様は器用に前足を使い
上品な仕草で紅茶を飲みました。
正直、人以外の方が店に来るのは初めてでして
わたくしはまだ驚いておりました。
そんなにも店の話は広まっていたのですね。
……え？驚くべきは猪じゃないか、ですって？
紅茶を飲む猪、この国なら当たり前ですよ。

彼が紅茶で温まった頃、
わたくしは話を聞き始めました。
しかしここでも驚きましたよ……
彼の話によると自分は
ただの猪ではなく神の使い、
｢十二支｣伝説に出てくる猪だったんです。
その上悩みもとても切実なものでして。
曰く、2018年の干支である｢戌｣は可愛らしく
いつの時代も愛されていたが、
自分は十二支で最後の上何の取得もない。
自分の力で人々を幸せにできるのか
不安で仕方がない……と。
わたくしはすぐに彼に足りないものが何か
分かりました。
動物であろうと神の使いであろうと、
精神癒術師としての力は劣りませんよ。

＊→←5瓶目 店主の独り言・陰

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す