二十 ページ20
しのぶ姉さんがマッチを使って線香に火をつける。
「………………師範」
意外なことに、私は冷静だった。
書類をまとめたり、悲鳴嶼さんを呼ぶために外を全速力で走ったり、師範が死んだことについて考える時間があった。
だからかもしれない。
私は涙を流すことができなかった。
悲しさより、私はこれからどうなってしまうのかという不安のほうが大きかった。
みんな不安なはずなのに。
(……どうして泣けないんだろう。悲しくないの? そんなことない、私に花の呼吸を教えてくれたのも、稽古が終わったあとに優しく頭を撫でてくれたのもあの人だった。……まだ死んだ実感が湧かない。もしかしたら私の嫌な夢かもしれない。明日になったら……)
また笑いかけてくれるかもしれない。
ふと隣を見遣ると、カナヲちゃんも涙を流せずにいた。
私とカナヲちゃんは、泣けない焦りと師範が死んだことを受け入れられずに、立ち竦んでいた。
しのぶ姉さんがこちらを向く。
「あ……」
そして、私たち二人を優しく抱きしめてくれた。
(あったかい……)
蝶屋敷は、とりあえず私たちが継ぐことになった。
でも、しのぶ姉さんが患者を手当することはなく、あれから、自主練ばかりしていた。
「姉さん……最近大丈夫かな」
「何が?」
「何がってカナヲちゃん、知らないの? 姉さんったら、夜も寝ないでずっと修行しているの。あんなので身体壊さないのかなぁ」
「……きっと大丈夫」
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作者名:カナリア | 作成日時:2019年11月5日 23時