3.品川心中 ページ4
透き通るような肌、スッと通った鼻筋、切れ長の目、猫目にかかる簾まつ毛、完璧なパーツが彼を形成する。
整いすぎていて文句の付けようがない。
男としては華奢な骨格さえも、儚さと色気を作り出し彼の魅力をより引き出していた。
和服の似合う事と言ったらなんとまあ。
菊比古を超える者は誰ひとりとしていないだろう。
彼の美貌に目を取られている隙にマクラが終わり、羽織が地につく。美しい所作であった。
そこでようやく鼓膜が震え音を認識する事ができた。
彼の声に意識が向く。
音域は低すぎず高すぎず、拾いやすい声だ。
下手したら眠くなる音量なのに何故か惹き付けられる。
戸惑い、あきらめ、苦悩、言葉で表現できない感情がダイレクトに伝わってくる。
ああ、彼は模索しているのだ。手探りでぶつかっているのだ。
もがいている。そんな彼の声だからこそ心がこんなにも揺さぶられる。
前はあんなに眠くなった落語の内容が意図も簡単に入ってくる。
お染という女が死ぬ事を決断する。
だが、一人では心許ない。そこで金さんと呼ばれる男を説得し共に心中することに……。
思わず目を見張る。金さんを促すお染の吐息が聞こえてきた。
違う。さっきまでの菊比古の落語とは訳が違う。
落語に命が芽吹いた。彼にどんな心情の変化があったのかは私には分からない。
でも、1本の背骨が組み込まれたのは確かだ。
視界がぼやける。
金さんのお惚け具合で客がどっと笑う。
笑顔が伝染していくのに、私の口からは嗚咽しか生まれなかった。
最終的には桟橋から身投げする事を決断したお染と金さん。
お染が金さんを奈良の底に突き飛ばした後に金ができたことを知り、意図も簡単に死なない事を決断した。
｢ねえ金ちゃん、こういうわけで、
あたしゃ少し死ぬのを見合わせるわ。
人間一度は死ぬから、いずれあの世でお目に掛かりますから。
それでは長々失礼｣
無垢な女の狂気に私はただ震えた。
頬を伝う熱い雫は拭っても拭っても乾かない。
それからはよく覚えていない。
頭が朦朧として金さんは川底で生きていたという事だけしか理解出来なかった。
最終的なオチも理解出来ず、菊比古の演目は幕を閉じた。
だというのに私の視界は晴れることはなく、しっとりと頬を濡らし続けた。
嗚咽は止まり静かに涙を流す。
お囃子の音が鳴り、また噺家の落語が始まったというのに私の脳内の菊比古の声が消えない。
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司(プロフ) - かさむらさん» ありがとうございます！ゆっくりな更新になるかとは思いますが、また覗きに来てください😊 (2022年3月10日 20時) (
レス) @page12 id: a9e06ac14f (このIDを非表示/違反報告)
かさむら(プロフ) - 好きです😭 (2022年2月21日 1時) (レス) id: 4aae2010b1 (このIDを非表示/違反報告)
司(プロフ) - 返信遅くなってしまい申し訳無いです。三年ぶりの更新ですのでこのページにいらっしゃる事はないかと思いますが、完結させるまで描きたいと思います。コメントありがとうござました！！ (2020年4月30日 20時) (レス) id: 619e207b44 (このIDを非表示/違反報告)
はな - 好きです (2018年10月4日 12時) (レス) id: 45985fda0f (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：司 | 作成日時：2017年6月12日 12時
